コタツはまだまだ出しておきます。

 昨日衣替えをしてしまって、今日の東京も肌寒く、ちょっと不安です。今日は外出もせず自宅にいましたが、久しぶりに腰が痛くなりました。もしかして昨日、がんばって衣替えをしてしまったときに、少し体が冷えたのかもしれません。それとも今週の疲れが日曜にどっと出たのかもしれません。仕方がないので、コタツに入って体を温めていました。

 部屋着はまだまだ冬物で過ごしています。コタツはたぶん、しばらくそのままです。昨年は梅雨の時期まで出していたような・・・・。いや、5月のGW明けくらいに片付けたかな・・・。足元が寒いんです。冷たくなるんです、冷え性なので。だからコタツはまだまだ出しておきます。

 春は体調がゆらぎます。暖かかったり肌寒かったりで、気温とともに体調もゆらぎます。上手く乗り越えながら、過ごしていきます~。

早すぎた衣替え。

 昨日から3日間連続の休養日に入りました~。昨日はなんとなく1日ぐったりして、今日はちょっとパン等のお買い物に行きました。東京はお天気がとてもよかったのです。少し肌寒かったのですが、歩いて行きました。

 帰宅してから、何かしたいなあ、と言う気持ちになり、母親に手伝ってもらいながら衣替えをしてしまいました。急に思い立ったので、まだ洗っていないセーターや厚手の部屋着もあり、それらは洗ってからケースに入れることにしました。私のタンスはすでに、夏物の衣類がいっぱい。安心というより、準備が整っていない状態でやってしまった!と言う感じです。

 それでも衣替えは私の中では季節の大きな行事(?)ですので、母親は「よかったじゃないの」と言っていました。いつも母親に衣替えを手伝ってもらうのは、うちは収納が少ないので、衣類は半透明のケースに入れて部屋の中に出ています。そのケースの周辺には家族の物が出ているので、整理しながら衣替えをするため、母親と一緒にしないといろいろな物の位置が分からなくなるのです。そもそも衣類も物も増えすぎではないか、とは思いますが、それはおいおい考えましょう~。

 夕食の後に、ゴミを持って外に出たのですが、肌寒いというより寒かったです。衣替え、早すぎたかもしれないと、ふと思ってしまいました。今日は4月10日、夏物はまだ早かったかも・・・。

もうすぐ3月が終わる。

 気が付いたら3月下旬、29日です。ついこの間「3月も下旬に入ります」的な文章を書いたと思ったら、3月ももう終わります。

 東京は桜が散り始めて、ここ数日は暖かく、今日はどうやら25℃くらいになったみたいです。私は昨日今日と1歩も外に出ていませんが、今日は窓を開けて日中を過ごしました。

 今週は暖かいようですが、来週は4月の始めらしい気温に戻るそうです。と言っても、最高気温が16℃くらいの予想。そろそろ洋服は冬物をしまって、夏物を出しちゃう?と自分で考えています。衣替えにはまだ早いでしょうか。厚手のダウンコートなどはクリーニングに出してしまおうと思っています。

 今年に入ってから、何だか時が過ぎるのが早いです。自分と家族の仕事や、その周辺のことが変化しているからかもしれません。4月から私の仕事も小さく変わります。でも1つ1つ終わらせていくしかないのですよね。

 1・2月はゆっくりと、3月はバタバタと過ぎようとしています。

今後が気になるけど毎日は過ぎていく。

 テレビのニュース系の番組で新型コロナのリバウンドについて、アナウンサーが「今後が気になります。どうなっていくと・・・・」とゲストの先生に聞いています。いやほんと、今後が気になるけれど、毎日は過ぎていくのですよね。

 昨日は打合せがあって、参加をしました。広ーい会議室に定員の半分以下の人数でした。打合せそのものは問題なかったのですが、近くの駅周辺を自転車で通ったときの人の数。いやあ、ほんとにどうなっちゃうの?と言うくらい人が多かったです。みーんなマスクをつけているのは日本的な風景だと思いますが、花見に来た人たちなのか、遊びに来たのか飲みに来たのか分かりませんが、人が多すぎました。ときどき自転車から降りて引っ張って歩いていましたが、人混みの中を自転車で通るのもちょっと怖いくらいでした。

 毎日感染者がまた増加していて、それでも毎日何かして過ぎていきます。今後が気になるけれど、自分がしっかり感染予防をして、仕事やら打合わせやら、食料などの買い出しの際には注意するしかないのですよね。ああ、今さっき、テレビで宮本亜門さんが炎上覚悟でオリンピックの中止について、意見を話していました。炎上しませんよ、多くの人が賛同ですよ、と心の中で思いながらブログを書きました。

生きているということ。

 爪が伸びるんです。10日に一度くらい、指の爪も足の爪も切るのですが、面倒だなと思うより先に、「ああ、生きているんだな」と感じます。

 どんなに体調不良でも、気分が落ち込んでいても、楽しくても、嬉しくても、爪は伸びます。そして、ああ面倒くさいな、と思いながらも気になるし、足の爪は巻き爪なので、切ることにします。巻き爪を切るときには、一苦労ですし、時間もかかります。爪が皮膚に食い込んでいて、痛くて血が出ることもあります。

 生きているんですよね、爪が伸びるということは。しかも10日に1回くらいなのに、面倒に感じるのは、時が過ぎるのが早いということでしょうか。ついこの間切ったのにまた伸びてきた、と思うのです。

 マニュキアもペディキュアもしなくなりました。マニキュアは手話を勉強しているのでしませんし、ペディキュアは夏に素足でサンダルを履く機会がないのでしなくなりました。夏でも足先が冷えるんです~。

 若い頃は爪を切ることなんて気にしていませんでした。伸びたら切っていたのでしょう。30代のころはマニキュアも2週間に1回塗りなおしていたので、面倒だなんて思ってもいなかったのでしょう。それらが全て面倒だと思うなんて、価値観の変化なのか、何なのか。

 一つ一つの行動に何かを感じながら向かい合う、という風になったからなのでしょうか。爪が伸びると、生きていると感じます。

 

 

桜は開花。

 東京の桜が昨日開花しました。驚きです。早いです。でも去年も早く、調べてみたら同じ日でした。

 去年は私の記憶では、桜が開花してから少し気温が下がったりして、長く見られた気がします。と言っても、仕事の行き帰りに桜並木を見ていたという感じでした。一昨年は地元の友人と、友人お勧めの地元の桜を見て回りましたが、去年はできませんでした。

 そして残念ながら、今年もお花見のようなことはできません。少人数(2・3人)で桜を少し見て歩く、ぐらいはできるかもしれませんが、万が一のことを考えると誘えませんし、できません。私は今年も仕事の行き帰りに、自転車で地元の桜並木の道を通る、くらいでしょう。

 気温が春らしくなってきました。服装も少し変わってきそうです。コロナ禍でゆっくりと時間が過ぎていた気がしますが、気が付いたらあっという間に1年が過ぎていました。今年もそうなるのでしょう。それでもできる限りの感染予防をしながら、いただく仕事にはきちんと取り組んでいきたいと思います。そして休養もしっかり取りながら、生活していきます。

昨夜はなかなか眠れなかった。

 昨夜はなかなか眠ることが出来ませんでした。3時過ぎまで記憶があります。

 夜に弟と電話でケンカ、ではないのですが、口論しました。夜だったので弟の話し方から、ビールか何かお酒を飲んでいるのは分かりました。まあ、こちらはお願い的な内容で電話したので、私が逆切れするのもおかしいと思い冷静に対応したつもりです。弟はお酒を飲んでいると、しつこく理屈をこねまくります。昨夜はそんな感じでした。疲れているところをごめんね、と言って最後は電話を切りました。

 腹が立ったというか、ああやっぱりそうか、と言う感じと、諦めの感情がどっと押し寄せてきて、興奮したので寝付けなくなったのでしょう。仕方ありません。翌日の今日は特に用事もなかったので、ちょっと買い物だけ行って、後は自宅でゆっくりと過ごしています。

 どうして弟がしつこく理屈をこねまくっているのか、話している内容から察しがつきますし、きちんと話してくれればそれで私も納得したのですが、そこは姉弟なのでしょう。恰好をつけたいだろうし、見栄みたいなものもあるのかもしれません。それといろいろと大変なのだと感じました。何といっても私はお願いがあって電話をしたという立場なので、引きさがるしかありませんでした。

 しばらくは電話もしないでしょう。基本的にまあまあ仲は良い関係だったので、こちらも甘えていました。お互いに家庭があり(私は実家ですが)、自由にならないこともあります。小さなときにいくら面倒を見たとしても、大人になれば関係がないのでしょう。

 それでもこの先、万が一、弟を助けなければいけないときが来れば、私は助けます。時間がたてば電話もするでしょう。ただ昨日はなかなか眠れませんでした。でもそのことについては、私はもう納得しましたから、今夜はきっと寝つきもいいでしょう。
 

4月からは小さく変わりそう。

 自分自身の生活や経済的な部分が、4月以降に小さく変わりそうです。あえて小さく、と言うのは、大きくではないからです。

 父親の仕事が終了することになりました。本人はまだ働けると思っていたようですが、終了になります。となると、私はだいぶ両親に頼って生きてきたのでどうしようか、ということになりました。が、どうにもなりません。

 私は4月から単発の仕事関係で、新しい仕事が入りました。これは月に数回なのですが、必ず入ってくるので嬉しいです。そのほかに単発の仕事をいれながら、アルバイトも再開になる予定です。今までより仕事の回数を増やしたいのですが、新型コロナの影響もあるので、増やせるかどうかわかりません。自分の体調に合わせながら、働くつもりでいます。

 アルバイト&単発関係の仕事で、月に8日間(8回)を目指しています。すごく少ないですよね。でも今の私にはこれが精一杯です。この間に、研修会や打合せ、会議等も入ってきます。遊びに行くお金も日にちもないのですが、コロナ禍で遊びに行けないので、とりあえずはそれは置いておきます。

 今までとは小さく変わりそうですが、あまり考えすぎずに、体調の調整をしながら仕事をしていきます。経済的には今までより少しだけ多く、実家にお金を入れたいのですが、それも仕事の回数次第、ということになりそうです。なんとか生活していきます。

10年。

 東日本大震災から10年。長くて、早くて、きっかけがあればすぐにでも思い出せる10年前の大災害。そこからすべてが変わってしまった人が、たくさんいらっしゃるだろうと思います。

 私は母親と自宅にいました。マンションなので、2人でテレビを見ながら、大きい地震が来るたびに1階まで下りて、道路の向こう側にある空き地のような所へ避難していました。

 震災がきっかけで、手話の勉強を始めました。何かしなくてはいけない、と自分で思ったのです。それが何につながるかはわからないけれど、何かしなくてはいけない気がしたのです。10年がたち、聴覚障がいのある手話が第一言語のかたと、少しコミュニケーションが取れるようになりました。勉強を続けていきます。

 世界は今、コロナ禍です。世界から、地球から、災害や病気がなくなればいい、戦争も起きない、みんなが幸せな世の中を願って、祈るしかできませんが、祈り続けます。ずっと。

明日は母の付き添い通院。

 明日は母親の通院の付き添いです。そろそろ治療の方法、というか薬が決まるはずなので、決まったらあとの通院はもう付き添わない予定です。

 送り迎えは父親がしてくれます。治療方法と薬が決まるまでは、私も一緒に話を聞いておいた方がいいので、この数ヵ月は付き添いました。そのときは必死に普通に付き添うのですが、その疲れが翌日から出ます。自分の通院も疲れますが、家族の通院もやはり疲れるのですよね。

 母親は高齢ですが、薬が決まって、あとは月に一回の通院などが決まれば、本人に任せます。自分のことは自分でできますので、できる範囲はお互いに自分でやりましょう、と言うふうに決めています。例えば、大きな検査とか、その結果を聞くとか、家族が同席したほうがいい場合は付き添います。私の場合もそうです。私は今の大学病院に転院してからは、家族に付き添ってもらったことはありません。そこまで悪化したり、入院したり、大きな検査がないからです。以前に他の総合病院で入院した際には、母親がずいぶんと通ってくれました。

 家族全員が年齢が上がってきますと、病気になる可能性もまあまあ高くなります。そのときそのときに合わせて、皆で協力しながらできる範囲で助け合っていきます。どうしても無理なときには、地域で相談しようと考えています(高齢の場合は介護認定等も視野に入れて、地域包括センターに相談ですね)。家族の誰かががんばりすぎないで、適度に協力して生活していけるように考えます。
 

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