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母は今のところ順調。

 母親が退院して2ヵ月以上がたちました。今月の外来での検査結果も大丈夫で、次の通院は12月です。本当によかったです。

 病名はまだ確定せず、実は難病申請中です。潰瘍性大腸炎かクローン病なのか、両方申請しています。どちらかで決まるのか、それとも両方なのか、はたまた認定されないのか、結果は数ヵ月かかりますので、今は結果を待っている状態です。

 母の腸の状態がこのまま安定していれば、来年1月には左膝の置換手術をする予定です。81歳になりますが、決心したので、今は体調が悪くならないように毎日を過ごしています。が・・・家事は結構しているのです。すごいですよね~、お母さんって、すごい。動ける範囲で家事をしています。退院時にはまさか母親の手作りの揚げ物が食べられるようになるなんて、思ってもいませんでした。

 本当に少しずつ少しずつ家事を再開して、今では洗濯は毎日、料理は夕ご飯を1品作ってくれています。今日はなんと、いわしの揚げ物を作ってくれました。美味しかったです。本当に嬉しいし、すごいなあ、と思います。自分の役割だと考えているのでしょう。家事の合間にちょこちょこ体をベッドに横にして休ませています。あまりお昼寝をしすぎると、夜に眠れなくなると言い始めました。体が回復してきているのでしょう。

 母が飲んでいる薬はペンタサという薬で、クローン病でも潰瘍性大腸炎でも腸管ベーチェット病でも、初期の段階のお薬として使われています。今はこの薬が効いているのでしょう。病状が悪化してしまったら、次の薬を考えると、先日の外来で医師が言っていました。でもこのまま安定した生活をずーっと続けられることを願っています。


関係ないけど、少しだけがっかりする。

 夜6時くらいからパソコンで作業をしているのですが、先ほどネットニュースで、俳優の佐々木蔵之介さんが結婚したというニュースを見ました。関係ないけれど、少しだけがっかりしました。

 不思議です。ちょっと素敵だな、と思う俳優さんや著名人やスポーツ選手などが結婚した、というニュースを見るとがっかりする自分が、不思議です。私にはまったく関係ないことのはずなのに、ああ結婚しちゃったよ、という気持ちが少しだけあります。

 それからしばらくして、お幸せに、という気持ちになります。結婚生活ってまあまあ大変なことも多いので、お幸せに、と思います。

 眞子さんのことも、きっと生活していれば普通に大変なこともあるだろうけれど、アメリカで2人で幸せになってほしいです。

 私は今、個人的に結婚したいと思っていないので(と言うか、相手がいません)、ご夫婦で仲良くしているかたを見ると、すごいなあ~、と感じます。少し羨ましいこともあります。知り合いには「結婚したほうがいい。年をとったら寂しいよ」と言われることもありますが、相手がいませんし、仕方のないことです。

 そんな私が結婚のニュースを見ると、がっかりしたりするのですから不思議です。

心が落ち着いてきた。

 久しぶりに研修会や仕事で先輩方にお会いする機会がありました。緊急事態宣言が長かったので、会議や研修も中止になったり、仕事が減ったりした影響で、数人の先輩方とお会いするという機会がなかなかありませんでした。

 仕事の引継ぎや教えていただく機会に1人の先輩にはお会いするけれど、数人が集まる機会はあまりなかったのです。今週は2回ほど、どちらも違う仕事の関係で研修や仕事があり、先輩方にお会いしました。休憩時や合間に、近況を話したり、ちょっとした雑談をしているうちに、何だか心がすーっとしてきたのです。それに、うきうきもしました。家族以外の人たちと話をして楽しかったのです。さらに、近況を話すことで、自分の心を振り返ることができたのかもしれません。聞いてくださった先輩が「そうだったの、大変だったね」と答えてくれて、受け入れてくれたようで、心がすーっと落ち着いたのです。

 人との関係は大変なときもありますが、救われるも人との関わりからかもしれないと、あらためて実感しました。コロナ禍で人と会うことが出来ない時間を過ごし、私自身が寂しかったのだろうと思います。自分の家庭の問題をぺらぺらと話すことはあまりよくないとは思いますが、時には話すだけで心の整理がついたり、気が付くこともあり、落ち着くこともあるのだと、あらためて感じました。そして自分がこの先どうしたいのかも、分かってきました。

 心が落ち着くと、先を考えて不安になることも少なくなります。そして昨夜はよく眠れました。先輩方に感謝しています。これからも真剣に仕事には取り組みますが、先輩方との会話も楽しんでいきたいと思います。

コタツを出しました。

 先週末にとうとうコタツを出しました。東京ですが、夜になると足元が寒いです。ちょっと早いかな、とも思いましたが、我慢しない方がいいと判断しました。

 暑いのも辛いですが、寒いのは心も体も冷えてしまって、気持ちも落ちこんでしまいます。せめて足元は暖かくしたいです。

 布団も羽毛布団をだして掛けています。本来ならまだまだかもしれませんが、今年は朝晩の寒さをとても感じています。私は朝早く起きることはあまりないのですが、それでも寒いです。お布団も我慢せずに出して使っています。

 昨年と比べて、この時期に家にいることが少なくなりました。新しい仕事を始めたので、あまりゆっくりとコタツに入る機会も少なくなり、疲れて帰ってきて、ご飯を食べてぐったりとしながらコタツに入ることが多くなりましたが、それなら余計に暖かい方がいいですよね。コタツがあるだけで何となく心も温かくなるから不思議です。

 東京も急に寒くなり、今年は秋を感じることがあまりありませんでした。というか、今が秋ですよね。昼間の気温は秋らしいですが、自分が忙しくなって秋を感じる機会がなくなってしまったのかもしれません。いいのか悪いのかわかりません~。

 今年の冬も、自分の部屋でコタツのお世話になります。今年の春はコタツをしまうのが遅く、今年の秋は出すのが早く、コタツの出番が多いです。

 

免許更新。

 はい、ペーパードライバーです。11年間、東京で自動車を運転していません。免許の更新もゴールド免許で、30分くらいの講習で終了です。無事に更新できました。

 でも12年前くらいまでは、運転していたんですよ、東京以外で。免許を取ったのも、最初の結婚で長野県に住んだので、近くの講習場まで自転車で通って取りました。軽自動車を父親と旦那に買ってもらって、旦那名義でしたが、ブイブイ(?)乗っていましたよ。車がないと移動するのに大変だったので仕方なく免許をとりました。AT車限定です。MT車は途中であきらめました。

 2度目の結婚生活中には、旦那の車を乗っていました。普通の自家用車でした。金沢・富山・名古屋・広島で乗っていました。あれ?名古屋は乗らなったかな・・・・。記憶があいまいですが、広島では乗りました。原爆ドームを見ながら運転しました。しかし離婚後、東京に戻ってからは乗れませんでした。だって、怖いんです。

 むか~し、数度、結婚していたころの帰省中に実家の周辺でも弟の車を運転しましたが、駐車場から出せても、帰ってきて入れることが出来ず、父親に変わってもらって駐車場に入れてもらいました。それくらいの実力です。なので、人と自転車の多い東京ではとても運転できません。

 マイナンバーカードも持っているので、もう身分証明書の替わりでもないのですが、万が一、東京以外で車に乗ることがあった場合は乗れるかもしれないので、とりあえず免許の更新だけは行っています。更新のたびに講習会で短いDVDを見て、交通事故の恐ろしさを感じて、「ああ、やっぱり東京ではもう運転できない」と実感するのでした。

野球はあまり見ないけれど気にしている。

 数日前に西武の松坂大輔投手が引退すると、ニュース等で放送されていました。その前には日ハムの斎藤佑樹投手が引退。私は野球の試合をテレビで見ることはほんどありませんが、野球中継があると安心します。

 新型コロナが広がり始めたころ、野球の試合もなくなりました。野球の中継がないテレビ放送が、日常的でなく異常事態なのだと、とても感じたのです。去年、少しずつ野球の試合が始まり、お客さんも入り始めて、テレビ中継が開始されてほっとしたのを覚えています。

 若いころは会社の研修で訪れた千葉で、千葉ロッテマリーンズの球場に試合を見に行ったことがありました。アメリカに旅行で行ったときには、エンジェルスの球場に大リーグの試合を見に行きました。また、元旦那が高校野球をしていたので、彼の出身校の試合を夏によく見に行ったものです。お気に入りの選手は特にいませんでしたが、イチローは好きでした。

 今はあまり野球を見る機会はないのですが、中継が放送されていれば安心しますし、活躍してた選手の引退の話を聞けば、テレビのニュースでチェックはしています。松坂選手の引退は残念でしたが、野球が大好きでがんばったんだなあと思いました。試合はあまり見ないけれど、中継があれば安心する、私にとって野球はそういう存在だと今は感じています。この先、大好きな選手が現れて、めっちゃ見るようになるかもしれませんけどね。

007の新作映画を見た。

 今回は映画館で見られないかもしれないと思っていました。疲れてしまっていて、映画館へ足を運ぶことが出来ないかもしれないと考えていましたが、新聞で007の新作映画の紹介を読んで、やっぱりどうしても行きたくて、行ってきました~!

「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」。ジェームズ・ボンド役がこの作品で最後になるダニエル・クレイグが主演です。その前のピアース・ブロスナンのころから映画館で見るようになり(仕事の関係で見ていました)、離婚して東京の実家に戻り、再婚しても、また離婚しても、そのときどきで1人で見に行ったり、前夫と見に行ったり、そのころお付き合いしていた彼と行ったり、そして前回と今回は1人で見に行きました。基本、映画は1人でも全然OKです(飲んだり食べたりも1人でOKです)。

 どうして見に行きたくなったのか、それはどうぞ映画館で見てください。あ、っと驚きました。今までの007では考えらえれない結末。そして、これからの新しい007はどうなるのか、だれかボンドを演じるのか、とても楽しみです。

 仕事の後に見に行ったので、夜の6時過ぎから見ました。帰りは9時半くらい。なんか、夜遊びしちゃった、みたいに感じたから不思議です。コロナ禍で外出しない、遊ばない1年半を過ごしていたので、仕事以外の帰宅で夜の9時半がとても遅く感じました。映画を映画館で見たのは約1年9月ぶりくらいでした。映画館で映画を見るって、やっぱりいいですね。

まだまだ新人です。

 新しい仕事を始めて、先週大失敗をして、次の出勤日にお休みしたら2度とその仕事ができなそうなくらい落ち込んだけど、何とか復活できた気がしていました。昨日も仕事で、先輩方に手伝っていただいて何とか終了しました。ああ、これで続けていけるかもしれない、なんて思っていました。ところが・・・。

 今週の末くらいのシフトの際に、使ったことのないパソコンを使う予定になりました。新しい仕事を始めて、まだ9回くらいの経験ですが、その間は同じパソコンを使用していたのです。ところが今週は、違う部屋の違うパソコンを使う予定が組まれていました。さあ大変。触ったことはあるけれど、電源を入れて、1回だけ印刷をしたこともあるけれど、画面のどこに使う資料が入っているのか、分かりません。自宅で想像してみましたが、全く分かりません。不安だけが心に広がります。

 ああ、まだまだ新人だ、まだまだ復活したとは言えない状況だと、感じています。覚えなければいけないことが、まだまだたくさんあります。怖くて立ち止まって、辞めてしまったらそれで終わりです。1ヵ月で出勤できる日数は多くありません。少ないくらいです。だいたい予想で4・5回です。他のアルバイトもありますから、そのくらいになってしまいます。少なくてもいいと会社が言ってくださるので甘えてしまいますが、出勤が少なければ経験も少なくなり、覚えるのも遅くなります。だから毎回怖くなります。

 細くても長く続けていけるようにしていきたいです。毎回新しいことに挑戦の仕事になっていますが、それでも挑戦しなければ続けられません。まずは今週、なんとかがんばってみます。ああ、昨日で大きな山を1つ超えた、なんて思っていた私が愚かでした。今週も大きな山が何度かありそうです。

「東勝吉」さんと言う画家の絵を見た。

 美術館に行く機会がありました。そこで出会ったのが、「東勝吉」さんと言う画家のかたの絵です。まずプロフィールを見て、驚きました。

 東さんは大分で生まれ木こりをされていて、78歳で老人ホームに入り、83歳から水彩画を描き始めたそうです。それから99歳まで描き続け、約100点の作品を残されたそうです。お体も要介護2の状態で、それまでの人生で見てきた風景などを想像しながら描いていたようなのです。83歳からの画家人生ですよ。本当に驚きました。

 もしこのブログを読んでくださって興味を持っていただけたら、ちょっと「東勝吉」さんを調べてみてください。すごい絵ですよ、本当に。10/9までですが、上野の東京都美術館で見られます。もうすぐ終わっちゃうけれど、でも私、東さんのプロフィールと絵を見て、人生観が少し変わりました。

 高齢になってもいろいろ興味を持って学んでいけるさ、なんて思っていました、漠然と。漠然と想像していました。年をとってもいろいろ挑戦できるさ、と理想を持っていました。いえいえいえ、生きていたら何が起きるか、何ができるかなんて、本当に分からないですよ。びっくりですよ。できるんですよ、やれば。やってみれば、やれることはできるんですね。

 本当は、実は、「ゴッホ」の展覧会を見に行ったのですが、東さんの絵と人生に感銘を受けてしまって、熱いブログを書いてしまいました。ああ、諦めずに生きていこう。何かあるかもしれない。

なるようになると思いたい。

 今、私としてはちょっと大変です。今月は仕事のシフトを多く入れてしまって、すでに疲れてきました。まだ10/6なのに・・・。経済的なことを考えて、これくらい入れないと無理だよな~、と言う思いと、希望のシフトが全て入るかどうか分からないので、多めに会社に申請していました。そうしたら全て入ってしまって、驚きと不安でいっぱいになりましたが、スタートしてしまいました。

 なるようになるさ、と思いたいです。もし体力的に無理なら、お休みをもらうしかないし、できそうなら仕事をしてしまうしかない、なるようになるさ、と思いたいです。

 ただ、来月以降は今月のような仕事の数を入れないように注意しようと思います。体調を崩したら、仕事先にも迷惑が掛かり、家族にも負担がかかり、何といっても自分が辛い。体の不調による痛みとか症状も辛いのですが、体力を戻すのが大変なのです。もとに戻すまで、仕事もできませんし、寝ているしかありません。だからそうなる前に、自分でコントロールできる範囲でする必要があります。

 いろいろな家族や家庭の問題も「なるようになる」と思いたいです。あまり考えずに、自分が体調を維持しながらできる範囲で仕事をしていきたいです。

秀樹の熱唱で心が救われた。

 昨日仕事でした。失敗しました。始めたばかりの仕事なので、失敗はつきものかもしれませんし、失敗して初めて分かることもあるので仕方がないと分かっていても、落ち込みました。仕事の緊張もあり、前日の夜は寝つきが悪く、しかも朝の4時半に目が覚めて3時間半しか眠れませんでした。体調が万全でないうえに、緊張とわからないことで頭が真っ白、という感じが仕事先の相手にも伝わったらしく、「不安だ」みたいなことを言われて、ショックと疲れでぐったりしながら帰宅しました。

 昨日の夜はそんな感じで、ひどく落ち込んでいました。ふと新聞のテレビ番組欄を見ると、夜の7時半からBSNHKで西城秀樹さんの特集がありました。「見てみよう」と直感的に感じて見てみたのです。そしたら、すごかったです。

 西城秀樹さんが歌が上手いのは知っていました。私の10代のころはすでに西城さんは大人の歌手であり、私たちの世代のアイドルは、マッチやとしちゃん、聖子ちゃん、明菜ちゃんでした。そんな中でも秀樹さんの歌は知っていて、テレビの歌番組でもよく見ていました。ただ特にファンではありませんでした。大人になって何かの特集などで秀樹さんの1970年代の歌を聞いて、ものすごい熱唱だと思いました。

 昨夜の放送ではデビューしたころからの映像も流れて、熱唱・絶唱というのでしょうか、本当に歌のうまさに改めて感動しました。仕事の疲れと落ち込みを忘れて見ていました。そのうちに、「ああ、この西城秀樹の歌に心が救われた」と感じました。真剣に全力で歌う秀樹さんの映像に感動して、歌を聞いているうちに落ち込みを忘れていたのです。こんなことがあるのですね。

 途中から録画をしました。主に後半のコンサートの様子を録画したのですが、1985年のコンサートだったと思います。これもすごかったです。ファンのかたはきっと、日頃の何もかもを忘れられるくらいの熱量を、秀樹さんの歌からもらっていたのでしょう。昨夜は私もその力をもらって心が救われたと感じました。亡くなってしまったのはとても悲しく残念ですが、こうして昔の映像で救われる人もいるのですよね。西城秀樹さんは本当にスターだったと感じました。

 

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