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母親の2度目の検査です。

 明日、母親の2度目の大腸内視鏡検査です。今回は大学病院での検査です。

 1度目は11月に地元の病院で行った結果、ただの腸炎ではないかとのことで、大学病院への紹介状ももらえず困っていました。しかし内科のかかりつけ医が紹介状を書いてくださり、12月に大学病院へ行きました。母親は1度目の大腸内視鏡検査が辛く、当日飲む下剤で吐いてしまった上に、検査の時の痛みから、絶対に再度の検査はしないと言い切っていました。ところが大学病院に行ってみると、担当の医師が優しく話を聞いてくださり、「辛いけどもう一度検査してみないと、何とも言えないんですよ~」とか言いながらうまく丸め込む(?)ことに成功しました。言葉は悪いですが、担当の医師次第ということでしょうか。受け止めてうまく誘導してくれました。

 私はこの年になるまで、自分の母親がとても頑固で、感情で物事を選んだり、嫌がったりすることを知りませんでした。大人になって両親としっかり暮らしたことがあまりなかったので、両親の性格もよくわからなかったのでしょう。25歳までは実家で暮らしましたが、そのころは両親も若く元気でしたし、私自身が自分のことでいっぱいいっぱいでした。2度ほど、実家を出たり戻ったりして、本格的に実家で暮らすようになり12年目(丸11年?)。一緒に生活していると、分かったことがたくさんありました。

 私の母親は中学生のころに自分の母(私の祖母)を亡くしています。父親(私の祖父)と兄姉に育てられて、早くから自立していたそうです。自分でお店を経営していたこともあったそうです。そのころとしてはちょっと遅めの結婚で、4歳年下の私の父と結婚したのが29歳のとき。私が生まれたのは30歳のときでした。私の父の家はまあまあお金持ちだったらしく、母親は義理の両親の家で厳しい思いをしたようです。礼儀・マナー等にも特に厳しい家で、母親はたくさん我慢したことがあったみたいです。祖父母と同居していた時期もありましたが、5年間くらいだったでしょうか。私はそのころのことをよく覚えています。厳しい祖父母のもとで、私の父が私や弟に対するしつけも厳しくて、今考えると、虐待ギリギリのこともありました。父親はそれをすでに忘れています。私と弟はよく覚えています。父の厳しいしつけの反面、母親の存在が私たちにはあまりありませんでした。きっと母親は義理の両親の家で我慢していたのでしょう。我慢することを覚えてしまったのだと思います。

 ここ数年で、母親が本当は頑固(我慢強くもある)で、感情的であるということを知る機会がありました。年齢とともに、自分の感情を抑え込んでいることができなくなってきたのでしょう。明日の大腸内視鏡の検査も、担当医師のおかげでなんとかこぎつけましたが、当日朝からの下剤が全て飲めるかどうかが、大問題です。明日は父親もお休みなので、下剤を飲む際には父親についていてもらい、私はできるだけ寝ている予定です。お昼過ぎに病院へ行く際に付き添うために、私自身の体調も整える必要があります。

 今回の母親の内視鏡検査は、父親も母親も1人の人間であり、それぞれに性格があり、感情があるということを、私自身が受け止めていく、いい機会となりました(大変な思いをする母には申し訳ないのですけどね)。できればこの検査で、母親が大きな病気でないことを祈るばかりです。

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