必要としてくれる人が・・・
手話を学んでいく上で、きっと避けては通れない問題に、私はぶつかっていたのだと思います。ずっと、モヤモヤしていたというか、これからどうしようかな、と考えていました。
出来れば、手話通訳が出来るようになりたい、それで働けるようになりたい、なんて漠然と思っていましたが、だから不安だったし、苦しい時がありました。だって、自分にその能力がなかったら、どうしようか、と自分を追い込んでいたのです。
手話を教えて頂いている先生に、相談しました。正直な気持ちで、この先が不安であることを。そうしたら、お返事を頂きました。「趣味にしてしまえば良い。手話の勉強を止めても構わない。でも、あなたを必要としている聴覚障がい者は、たくさんいる。」
この言葉を頂いた時に、すーっと、何かが晴れた気持ちでした。私自身が迷ったり、不安になったり、苦しくなったら、手話の勉強を止めることはいつでも出来る。趣味にしてしまうことも出来る。でも、こんな私でも、必要としてくれる人がいるのだ、と思いました。私は、自分が生きていく上で手段として、何の特技も技術も資格もありません。だから、手話がその生きていく上での手段になると良いな、と思っていたのです。でもそうじゃないんだと、気付きました。私が勉強していることは、最終的には聴覚障がい者の方々と、健聴者の間に立って、コミュニケーションを取る役目になると、思いました。
自分は人の役になんて立てないし、そんなこと言えないと、ず~っと思っていました。今でもそうだと思うのですが、それは、もしかして違うかもしれない。人は、誰かに助けてもらって、誰かを助けて生きている。お互いさまで、協力しながら生きている。だから、私が勉強している手話で、誰かを助けることが出来る。そして、私も誰かに助けてもらって、これからも生きていく。と、気付いたら、とても心が落ち着きました。
こんな風に考えることが出来るようになったのは、私を支えてくれる、たくさんの友人知人、恩師、先生方、先輩方、そして家族のおかげだと思っています。感謝して、今日も生きていこう~。
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サラさん、コメントありがとうございます!
そうなのですよね、回って自分に戻ってくる。
そうだと思います。
私は自己満足なのか?と考えていましたが、
私がどう思っていようと、聴覚障がいの方が必要としてくれるのは
確かなのだと、思いました。
助けているとか、助けられる、とかそんな風には自分では
感じていなくても
相手がそう思ってくれているということが
私が生きていく上で大きな喜びになっています。
ただ、自分でプレッシャーをかけないようにしないと
続けられることも続けられなくなるので注意しようと思っています!
投稿: ケロ | 2014年4月19日 (土) 17時01分
ケロさんへ
なんだか暖かな気持ちになりました(#^.^#)
ケロさんと目指してる内容は違うのですが、
私も同じように感じるときがあります。
そしてやはり「誰か喜んでくれる人いるなら」と思い直して
また続けています。
そして喜んでもらえた時に、私自身が
ものすごく満たされ、結局誰かのためじゃなく
自分の為なのか?と思ったりします。
ぐるっと回って自分に戻ってくる・・・
生活の糧となるのが理想ではあるのですが、
それ以上に私にとって必要な何か、という気がしますが、
答えはまだずっと先にありそうです。
投稿: サラ | 2014年4月18日 (金) 19時55分
ぷーさん、コメントありがとうございます!
とにかく、試験に受からないと授業も受けられないので、
何とか頑張ってみます・・・。
偉そうなことを言っても、実際は、手話が出来ないのなら
人の役に立つことも無理ですものね。
投稿: ケロ | 2014年4月18日 (金) 13時22分
自分が生きるためと考えるとプレッシャーですが、自分を頼ってくれる人のためになら頑張れる気がしますね。
ケロさんのように、人は助け合いながらという考え方ができることは素晴らしいと思います。
とりあえず、試験は頑張ってくださいね。
投稿: ぷー | 2014年4月17日 (木) 20時25分