« 富山で最後のフラメンコ | トップページ | 一つ一つ終わっていく »

「銭ゲバ」最終回を見て

 引越しを控えた忙しい状態でも、出来るだけ、夜はゆっくりして疲れが残らないようにしています。ので、この時期、連続ドラマが次々に終了になり、昨夜は毎週欠かさずに見ていた、松山ケンイチさん主演の「銭ゲバ」を旦那と二人でコタツに入りながら、ゆっくりと見ました。

 前回の最後に、主人公・風太郎はダイナマイトを体に巻きつけて、自殺をする用意をして導火線に火をつけたところで終わったので、最終回はどうなるのだろうと、思っていました。いざ最終回が始まると、そのうちの半分は、風太郎の想像の人生を描いたシーンが登場していました。それは、きっと、もしかして、私達一般の人たちが普通に過ごしてゆける生活のシーンだと感じました。

 風太郎は、父親が失業したことをきっかけに暴力的になって、母親が働いてきた少しのお金も酒のために持っていってしまう、という悲しい状況で育ちました。そんな中でも、優しくて綺麗な母親の存在があったからこそ、お金がない状態で、いろいろなことが起きても何とか生活していたのですが、病気を患っていた母親が、医者に行くお金、薬を買うお金がないために、死んでしまいます。それをきっかけに、「金」の存在が大きくなり、殺人を犯してまでお金を手に入れようとする人間になってしまいました。大人になり、大きな会社の社長令嬢に気に入られ、その家の婿として、最後は社長にまでのぼりつめるのですが、「金が一番」だという人生を達成した時に、空虚感を感じたのでしょうか、自殺するわけです。

 体に巻いたダイナマイトの導火線に火がついて、それがだんだんとダイナマイトに近づいてゆく最中に、風太郎の想像の人生が場面に現れるのですが、それは、「もしあの時、ああでなければ」「もしあの時、あれをしなければ」「もしあの時、あっちでなくて、そっちのほうを選んでいたら」「もし自分の境遇が、もともと違っていたら」と、見ている私達に投げかけているような気がしました。

 「もしあの時、違う道を選んでいたら、人生が大きく変っていただろう」アラフォー世代の私でも、すでにそんな風に感じることがあります。私は、自分の選んできた道に、後悔することはありません。ただ、昨日の「銭ゲバ」の最終回を見ていて、人には必ず、どちらに進むか選ぶ時があるのです。その時には分からなくて、後で「あの時だった」と分かる気がします。ドラマといえど、主人公・風太郎がもし最初の殺人を犯さなかったら、その後の人生は変っていたかもしれません。そう考えると、実際に自分の人生を生きている私達の運命は、数々の分かれ道を、知らず知らずのうちに選んで生きているのだと、あらためて思うのでした。自分の気持ちに正直に、自分は何を芯にして生きていきたいのか、しっかりつかんでおかないと、気がついたら自分がいやだと思う道を進んでしまっているかもしれません。ただ、人生は、いつからでも「やり直す」事ができると思っています。諦めずに、やり直す勇気が必要です。

 

 

 

« 富山で最後のフラメンコ | トップページ | 一つ一つ終わっていく »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「銭ゲバ」最終回を見て:

« 富山で最後のフラメンコ | トップページ | 一つ一つ終わっていく »

2022年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ