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仕事か浮気か、モテルのか。

 恋愛話は好きなほうです。ただ、結婚してしまうと、恋愛は遠い世界のことのような気がして、話す内容は過去の事か噂話かドラマか。今週夜に放送されていた「グータンヌーボ」というトーク番組を見ていても、レギュラーでホスト役の江角マキコさんは結婚されているから、ゲストの田中麗奈さんらまだ結婚されていない方の恋愛話に比べると、トーンダウン。といういより年上だからか、お姉さまな目線からのアドバイス的意見になったりします。

 じゃあ結婚している女性陣がものすごい感心を寄せる恋愛的要素の話は、やはり「浮気話」ではないでしょうか。特に「旦那様」の。それは、自分の旦那でも、友人・知人の旦那でも、ものすごい関心があると思います。

 最近、私の周囲で何件か、「旦那様が浮気をしているのではないかと、奥様が心配している」という話を聞きました。私自身も、常に旦那の浮気には、アンテナを張っていますから、よくあることだと思いました。私が聞いた話は、全て旦那様が大変忙しい仕事をしていて、帰りが遅いこと、遠出の出張が時々あること、という状況でした。そのうちの一件(一組)に関しては、旦那の浮気が本気になり離婚に至って、現在その浮気した女性と再婚しているので、再婚した奥様が旦那の浮気を疑っている状態なのです。これって、不思議ですよね。自分が前の奥様から旦那様を奪った形(適切でない表現かもしれませんが)になっていて、でもやはり自分の夫になると他の人と浮気してるんじゃないかと疑う、結局、結婚しても安心できないのですよね。

 本当に旦那が浮気をしていたら、もちろんものすごく嫌だけど、浮気でなくて本当に仕事で忙しくて帰宅も遅く、出張も度重なるのであれば、これは疑われている旦那が可哀想。しかし、妻には本当のところが分かりません。分からないから旦那に問いただしてみるのだけど、浮気じゃないと言われても、本当かどうか疑わしい。全てのことが、疑心暗鬼になる。私もありました、数ヶ月前のことです。ただ、疑心暗鬼になっている状態なら、まだ自分でどこで線を引いて、相手を信じるか、決めることが出来ますが、これが本当に証拠をつかんでしまったり、確信を持てることがあったり、旦那が認めたらおしましです。絶望を経験します。私はこれも経験済みです。疑ってるうちは、まだ「疑い」なのですよね。確信を持つ出来事がまだないから、疑いなのです。本当に浮気をしていたら、不思議と妻は「確信」をもてる何かが分かるものです。

 私はあまりに悩んだときに、自分の弟に相談しました。そうしたら弟は「いいじゃないか、少しは女の話があるほうが。全くないなんて、自分の旦那は‘モテない’ってことだよ」と言われました。ああ、なるほど。程度にはよりますけど、多少は疑いがあるほうが、自分の旦那は女性にモテル=男として魅力があるということにもなるのか、と自分なりに納得して、疑心暗鬼な状態から脱しました。それにしても、男性の浮気の話はよくありますが、まだまだ妻の浮気の話は少ない気がします。世の旦那様は、妻の浮気に関しては、あまり興味がないのでしょうか。

世代差?性格差?

 昨日、お隣の奥さんとランチをしていて話題にもなったのですが、どうも携帯電話に関して、年代によって使う頻度も、使い方も、そのとらえ方も違うようです。

 お隣の奥さんは私より少し年下で、旦那様は私と同年代。うちの夫は私よりも8歳年下。そうなると、携帯電話については、お隣ご夫婦とのほうが多分意見が一致するのです。私達が学校を卒業して会社に就職したときには、ポケベルが爆発的に普及してきた時代。パソコンに関しても、ワープロが出来る新入社員が、まだ少なかったと思います。ですから、「メール」というものは、せいぜい会社内でのパソコンシステムで、メール機能が使えるようになりました、みたいな状態だったと思います。それが、だんだん、そして、あっという間に、パソコンも携帯電話も普及し、発達しました。私達30代後半からの人間にとっては、一度外出してしまったら電話は公衆電話からしか出来ないから、外出先を聞いておいて、何かあれば外出先に電話をして、「申し訳ありませんが・・・弊社の○○が伺いましたら、こちらに連絡を入れるようにお伝え頂けますか?」とか伝言をお願いしたものです。後は、定期的に電話を会社にしてもらうとか、ポケベルが爆発普及したときには、ポケベルで知らせて連絡を待つ、みたいなのが普通でした。

 それが今では携帯電話で、どこにいても基本的には連絡が取れる。しかもメールも出来るから、電話に出られない状況や、急ぎではないけど知らせておきたいことは、メールをしておけば良い。だからこそ、お休みの日は、会社用の携帯の電源を切っておかないと、仕事の電話がかかってきてしまう可能性もあるのですよね。うちは土日でも旦那が会社用携帯に出ていますから。それは仕事がら仕方ないと思っていますが、メールもきます。一応仕事用、プライベート用と携帯電話を2つ持っているうちの旦那は、土日にプライベートの携帯でメールを打つことが時々あります。しかし、誰に打っているのかは分かりません。私は出来るだけ、土日は携帯もパソコンも、メールはしないようにしています。相手も土日で家族で過ごしているかもしれませんし、旦那にも悪いような気がして。メールって、自分の世界に入って打っていますから、その間、一緒にいる人間は取り残されますよね。どうしても今でなければいけないなら仕方ないですが、そう思うと、土日の携帯でのメールは、家族が一緒のときは避けるようにしています。しかし、うちの旦那は多分、そうではないのです。

 お隣の奥さんは、土日に携帯でメールを打っていると、旦那様が「誰に打ってるの?」と聞くので答えるし、あまりメールは打たない、旦那様は基本的に携帯メールは、あまりしない、と話していました。やっぱり、世代の違いでしょうか。うちの旦那は、携帯メールが当たり前の世代。そして、それがプライベートで、たとえ夫婦間でも立ち入ることはない空間、というのが当たり前。以前、誰にメールしているのかしつこく聞いたら、キレてました。プライベートな部分だから、聞かれるのが嫌なんだなと、感じました。でも私がメールしていると、誰としているのか聞いてきます。私は答えます。これって、変ですよね。出来るだけ私は土日にはメールしないようにしていますが、どうしてもする時もあります。もしかして、携帯電話が若い時からいつもあったか、それともある年齢になってから普及してきた物なのか、と言う世代差よりも、使う人の性格差なのかしら、なんて思っちゃいました。

「おせん」が面白い!!

 毎週火曜日の夜10時から放送されているドラマ「おせん」が、とても面白い!!というか、とても良い!毎クール、夜のドラマで毎週見ているものが2つくらいはあるのですが、今回は「おせん」が断然一番!それは主演の、蒼井優さんの雰囲気がとても良いからだと思います。

 どうやら漫画が原作のようですが、最近は漫画が原作で面白いドラマが多いですね。「おせん」の原作は読んだことがありませんが、絵を見た限りでは、主人公のイメージが蒼井優さんとは、ちょっと違うような気がします。ドラマでの主人公「おせん」は、実際いたらちょっと引いてしまうような変わり者、でもなんだか優しい、周囲を暖かい空気で包んでしまうような、ほんわかした女性。「一升庵」という料亭の女将で、まだ23歳なのに、お料理に関しての事は、天才的な才能の持ち主。毎回ストーリーに関しても楽しみですが、何といっても、蒼井優さん演じるおせんの「着物姿」に、見とれてしまいます。

 本当に着物が素敵!!なんて粋な着方でしょう。襟にしても着物にしても帯にしても、古典的な感じもあれば、現代風にアレンジした物、大正ロマン的な物、洋服感覚な合わせ方もあり、とにかく見ているだけで、うっとりしてしまいます。髪型もそうです。私が日本舞踊を習っているときに教わったのは、髪型に関しては、左右対称でなくてはおかしい、肩から下に垂れ下がっているのはあまりない、と言われた気がしますが、そんなことはおかまいなし。長い髪の毛を下げたままで後ろで束ねていたり、時には左や右側に寄せて結わいていたり。頭のてっぺんに丸めて乗せているかと思えば、綺麗に女将さん風に結っていたり、本当に自由自在。その上、着物の上から、襟元に着物の柄のような襟巻きまでしている時もあります。今の時代、こういう風に自由に着物と小物と髪型を、楽しんで良いのではないかと、毎回見ていて思います。

 日常、私達は着物を着る機会はめったにありません。(着物を好んで着ている方、もしくは日舞の先生やお花・お茶の先生などは例外です)私なんかは、病気を発症してから、着物を着るのは無理ではないかと思い、去年の夏、富山での夏祭りにゆかたを着たのが、多分3年ぶりくらい。それでも、本当は着物が好きな私は、とても嬉しかったです。ゆかたくらいは自分で着られますが、さすがに普通の着物を帯まで自分で着付けるのは無理です。今まで、着物を着たのは、成人式、親戚の結婚式、友人の結婚式、大学の卒業式(これは袴つき)、弟の結婚式で留袖2回、これくらいでしょうか。あとは、お正月にウールの着物を2回くらい。(ゆかたは何度も着ていますが)本当はもっともっと着る機会が増えると、実家のたんすのこやしになってしまっている着物が、嬉しがると思うのですが。自分の体調と相談しながら、次回は何かの機会に着物を着れるといいな。そう思う自分は、日本人だなあと、実感しています。自分が今、着物を着られない分、毎週「おせん」を見ながら、いつか自分もあんな風に粋に着物を着られる日が来ることを願っています。

 ちなみに昨日の回で出てきた「お肉屋さん」は、東京の実家の近所のお肉屋さんだと思いました。

アナウンサーの自殺報道で思った事

 昨日、元TBSアナウンサーの方が、車内で練炭自殺をした、という報道がありました。ワイドショーなどでも放送していて、今日は新聞にも載っていました。去年からフリーのアナウンサーとして活躍し、レギュラー番組も持っていたとのことで、きっと共演者やスタッフのかた、もちろん親族の方も突然の悲報に驚かれたことと思いました。

 私はこの方のことは、はっきりと記憶にないのですが、写真などを見て、とても綺麗な人だなあ、と思いました。まだ29歳とのこと。ワイドショーの報道を見ていると、どうやら今月の上旬頃からの本人のブログに、「口がうまく回らない」とか「母の日にひどいことを言ってしまった」みたいなことが、書かれていたようです。共演者やスタッフの方でも、少し悩んでいる感じがしていたと、思った人もいたようです。ただ、自殺するほどの落ち込みや、悩みがあったことには、気付かなかったのでしょう。ご家族や知人の方々で、きっと、本人の悩みに気付づかず、助けてあげられなかったことが悔やまれる、と考えている人もいると思います。

 本人はどんな悩みを抱えていたのか、家族に宛てた遺書のような物が残されていたそうなので、そこに書かれているのかもしれませんが、亡くなってしまった今ではもう分かりません。ただブログに少し、きっと気持ちを書いていたと、私は思いました。削除された部分もあったようですから、深刻な文章もあったのでしょう。いろいろな悩みが重なって、悲しい選択をしてしまったと、思います。

 アナウンサーとして、「口が回らない」というのは、多分経験者なら誰でも一度は悩むことだと思います。自分と比べて申し訳ないのですが、コミュニティラジオ局で約5年アナをした私も、一応そういう時期がありました。口が回らない、どもってしまう、コメントが出てこない、必ずあることです。やはり悩みました。私にはこの仕事は合っていない、と。でも仕事は仕事で、悩みながらも回ってきます。その時に自分の中で出した結論は、「そういう時もあるさ」でした。あのピアニストの「フジコ・ヘミング」さんがテレビのインタビューでお話されていたのです。「人間だもの、間違える事だってある」と。それを聞いて、悩みが解けたのです。「そういう時もあるさ、人間だもの。とにかく割り切って、やっていくしかない」

 きっと彼女は、大変真面目で、きちんとした方だったのでしょう。仕事上の悩み、プライベートな悩み、一つ一つ解決していきたかったのでしょう。それが出来なくて、どうしようもなくて、自殺に行き着いてしまったのかもしれません。まだ29歳。これからもっと良い仕事、もっと楽しい経験も出来たのに、残念です。自殺は悲しい。どうか、自分を思ってくれているたくさんの人達がいることを、忘れないで欲しいと思います。

ありがた迷惑!?

 こちらが他の人に対して、好意を持って行っていることが、その人にとっては「ありがた迷惑」になっているのではないか、ということが、気付かないうちにありますよね。そんなことが私を含めて、私の周辺でも最近起きていました。

 相手から「あなたのしていることは、私にとってありがた迷惑な話です」と言われることは、まず喧嘩でもしない限りありませんから、中々気付きにくいことです。それが、「自分がしてあげているのに、相手から全くなんの反応もない」もしくは「メールも連絡もない」という状況が何度が続いて始めて、「あれ?なんか私のしていることって、相手にとってはもしかして迷惑?」と気付けば、まだ良いのですが、これが「なんで何の連絡もよこさないのよ!」と怒りに変ると、全く相手の心理がつかめていない状況になっているわけです。怒りに変るという事は、自分が相手に「してあげているのに」という感情が強いのですよね。別に相手から、「そうして欲しい」と頼まれていれば、「してあげているのに何の連絡も、お礼もないなんて」と思ってもおかしくないのですが、頼まれてもいないのに、こちらがしてあげていると勝手に思ってやっていると、相手にとってその行為がどんな風に受け取られているのか、全く気付かないということになるのではないかと、私は思います。

 離婚を経験したときに始めて、自分が一生懸命相手にしていたことは、別に相手が望んでいたことではなくて、私が勝手にやってあげていた、と気付きました。「やってあげていた」と思っていたわけではなく、これは自分の意思でしたいからしていたと思っていたのですが、結局、相手に伝わっていなくて、それが分かったときに、「自分は相手に感謝されたり、必要とされたり、そういう見返りが欲しくてやっていたんだな。相手にとっては、ありがた迷惑だったことが、もしかしていっぱいあったのかもしれない」と思いました。これに気付いたときには、愕然としたものです。

 それでも私は心配性で、多分、周囲の人に、「ありがた迷惑」なことを、いろいろとしているのかもしれません。相手が望んでいないのに、自分の感情に押し流されて、気付いたら、電話を何度もしていたり、メールをしていたり。それで相手からの反応がなくて始めてまた気付くのです。「ああ、やってしまった。きっとありがた迷惑だ。相手にとっては、ほっておいてほしいと思っているだろうな」と。これはもう、相手を思いやるというより、自分の感情を押し付けていることにもなりかねませんから、「心配の押し売り」とでも言うのでしょうか。気になっていても、相手の心情を思い計って、今はそっとしておくことが一番良いのだ、と自分の感情を抑えて待っていることも必要だと、また最近気付きました。これが大人の行動なのかもしれません。私はまだまだ大人になりきれない、自分勝手な我がままな人間だな、と反省しています。でもものすごく落ち込んではいません。気付いたら、出来るだけ直して、繰り返さないよう気をつけようと、心に決めて過ごして生きたいと思っています。

またまた昼ドラに夢中

 今回のクールは、フジテレビ系列で放送中の昼ドラ「花衣夢衣」に、夢中です。見られないときはビデオに撮って、というほどではありませんが、特別な用事がない場合、買い物などは放送時間に合わせて帰ってくる程度の、はまり方。だって全部で65話あるそうなので、ずべて見ようと思っていたら、頭の中が毎日それでいっぱいになってしまいますから。

 原作は漫画だそうで、私は読んだことがありません。部分的に原作と違うところもあるようです。戦後の日本が舞台で、双子の姉妹が、双子であるがゆえに、家族として同性として、波乱の人生を生きていくことになる、ような感じでしょうか。愛憎劇とまではいかないような、でもドロ沼にはまったような。今はその双子の姉妹が成長して、多分30代後半位の設定。一人の男性を、めぐっての姉妹の数奇な運命が展開されています。毎回、画面に向かって私は話しかけています。「あ~、こりゃあ困ったねえ」とか、「あららら・・」とか。話したくなるくらいの、ストーリーも起承転結の「転」あたりに来ている状態です。

 それにしても、昼ドラは面白い。クールによって見たいジャンルのチャンネルで見ていますが、久しぶりにちょっと恋愛愛憎ドロ沼家族愛のストーリーに、はまったかな、という感じです。主演の女優さんが、若い頃は実際の双子の姉妹で、大人になって実際の姉妹が演じているそうですが、印象がサラッとしていて、ドロドロしていないので、見ていてもそれほど激しい愛憎ドラマという感じがしないのです。「姉妹愛を描く大河ロマン」的物語だそうなので、あまりドロドロはしていないのですね。そういう風に作ってもいるのでしょう。

 あと一ヶ月と少しで終わってしまうので、最後がどうなるのか。また次の作品は何か、楽しみです。昼ドラって、どうしてはまっちゃうのだろう。専業主婦の楽しみの一つです。

洗濯シーズン

 5月の晴天が続く毎日です。冬の曇り空の北陸が、嘘のような良いお天気。この時期を逃すと、大きな物の洗濯が大変になります。もちろん夏でも大物の洗濯は出来ますが、暑いので汗だくになりながらの洗濯は辛いので、私は北陸生活3年目の経験から、5月と10月が洗濯シーズンと決めています。(6月上旬、11月上旬になることもあり)

 今日はかねてから決めていた、ソファーカバーの洗濯をしました。よほどカラッとした湿度の低い晴天でない限り、これは乾かすのに時間がかかりますから、今日は正解でした。これを書いている午後7時には、もう乾いています。しかも今日は富山市の最高気温が28度超えました。他にも普段はめったに洗濯しない、クッションカバーも洗ってみました。乾いたカバーにクッションの中身をつめていると、洗濯した良い香りがして、気持ちも嬉しくなってきます。

 先週は、冬物のウールセーターなど、家で洗える衣類を洗いました。来週、再来週くらいまでの間にできれば、衣類の入れ替えやら、冬の間使っていて厚手の羽毛布団を陰干ししたり、布団カバーの洗濯や、カーテンの洗濯もしたいです。実家の母親が「カーテンを自宅で洗って、縮まないの?」と聞いてきましたが、買うときにあらかじめ、自宅洗濯OKのカーテンをオーダーで買いました。だから大丈夫。あまり洗いすぎると、もしかして品質的に悪くなってしまうかもしれませんが、どうしても、冬の間に結露が窓につきますから、それがカーテンに付着しているようで、ちょっと気になります。

 季節の変わり目、特に春と秋は、衣類の入れ替えや、大きな物の洗濯やら出し入れ、いろいろなことが通常の家事に加わりますね。仕事をしながらのこうした家事は、本当に大変だろうな、と思います。私も20代の頃はしていたんだな、と随分昔のことで、思い出せないくらいです。どうやっていたのかしら。今では、体調と相談しながら、毎週少しずつ分けながら、大物洗濯や、衣類の入れ替えなどしています。そうしないと、何だか疲れてしまって、寝込んだり、再婚して一年目のときは、すでに病気を発症していて、春秋の入れ替えをしたら、入院してしまいました。まあ、もちろんそれだけが理由ではなく、疲れがたまっていたのでしょうけど。

胃カメラ検査

 今日、旦那が胃カメラで検査してきました。正式には「上部消化管内視鏡検査」と言うらしいです。胃カメラの検査経験は二度目なのですが、一度目がとても辛かったらしく、今回は安定剤なのか麻酔なのか、とにかく意識がもうろうとしている間に、辛くなく痛くなく出来る胃カメラ検査の方法をお願いしたらしいのですが、やっぱり辛かったみたいです。

 時間がかかるので、迎えだけ私が車で行きました。検査はもちろん終わっていて、本人も横になっていたらしく、あとは先生のお話を聞くとのことでしたので、私も同席させていただきました。40代くらいの静かな感じの先生。カラー写真で、細かく説明してくれました。いやあ、きれいな胃。十二指腸。ちょっとポリープみたいなものもあったようですが、採取して検査するようなものでないので、今回は大丈夫とのこと。素人の私が見ても、きれいな色でした。しかし、やっぱり食道付近にどうやら原因があったようです。

 逆流性食道炎。で、旦那は胃の粘膜が少し食道まで出てきてしまっていて、その周辺が炎症を起こしてるみたいです。写真で見ると、その通り、少し赤くなっています。これが、物を食べると胸のあたりがつっかえる感じがする、痛いような感じ、の原因だったようです。横隔膜ヘルニア、みたいなことも言われました。ぎゅっと、ベルトなどでウエストを締め上げたりすると、なりやすいみたいです。とりあえず、初期段階の症状なので、二週間のお薬を頂いて、様子を見ることになりました。

 夜遅くなっての食事、ストレス、など、逆流性食道炎になる理由はいろいろあるようです。夕食は寝る前の最低二時間前には済ませること、と言われました。確かに、仕事から帰って夜10時過ぎにご飯を食べて、11時半にはベッドに入る、みたいな生活をしていたり、GW前後がとても忙しかった。「あんた、過労死するよ」と言いましたから。ストレスも理由の一つのようですから、仕事をうまく切り上げて、プライベートな時間を上手に作り、休むときはしっかりと休む、という風に自分で区切りをしてほしいです。とにかく土日も臨戦態勢で、いつも仕事のことが頭から離れないでしょう。しかし、今回は早めに検査に行ってくれて良かったです。気になって仕方ないですから。家族の体調のことが一番の心配事ですから、これからも具合が変だと思ったら、自ら進んで病院へ行って欲しいです。それが私の健康状態にも影響ありますから。

手料理自画自賛

 私は家事が苦手です。というより好きではありません。やらなければ誰もやってくれないので、やっている、と言う感じです。実家に帰省すると、母親が全てやってくれるので、全くやりません。ただ、母が入院したときは、帰省したときに、父と弟と、なぜか分担して家事をしました。きっと私が一手に引き受けて家事をすると、病気が悪くなって、今度は私が入院でもしたら大変だと思ったのでしょう。父は朝早く出勤するので、自分で朝食を作り、食器を洗って行きましたし、弟は仕事を出来るだけ時間調整して、夜ご飯を作ってくれたりしました。私がやったのは、洗濯と掃除くらいでした。

 そんな私でも、富山の自宅にいるときは、一応家事全般が私の仕事です。中でも悩むのは、夜ご飯。うちは朝食は、私がパンに果物かヨーグルト、旦那は基本的に食べませんが、野菜ジュースとサプリメントを取ります。しかしそれではいけない、朝ごはんは食べた方が良い、特に糖分を取った方が、脳が活性化するとどこかで聞いたことがあるので、出来るだけ、私が食べる果物やヨーグルト、時には菓子パンを少しとか、プリンとか、工夫して少しでも食べさせます。それに必ずコーヒーを二人で飲みます。昼食に関しては、旦那は営業なので、外で食べ、私はその時に応じて、昨晩の残り物やサンドウィッチ、雑炊、たまには外でランチ、なんてこともあります。そして夜ご飯は、基本的に平日は自宅で、旦那も私も食べます。

 旦那は非常に忙しい営業マンですが、なぜか夕食は家で食べたがる。もう夕食と言える時間ではありません。昨日は夜の10時過ぎに食べました。私は、旦那の帰宅が9時過ぎになるときは、先に食べて待っています。そうしないと、どうしても太る体質なので、出来るだけ早めに食べたいですし、お腹が空いて待っているとイライラします。旦那も太りやすいですが、とにかく食べる。何時でも食べたがる。あまりに遅くなってしまったら、コンビニでおにぎりとかお弁当を買って食べてから、残業をした方が良いと言っても、ほとんど食べません。お腹が空いてると、私は元気がなくなりますから、必ずお腹に何か入れます。彼はその時間もおしいのでしょう。帰ってきてから食べるので、ものすごい勢いで5分で完食です。だから余計に太りやすい。

 私は料理は上手だとは思いません。第三者に作ることも、まずほとんどありません。自信がないので。しかし多分、下手ではないのでしょう。前の夫も良く食べてくれました。(旦那の心は胃袋でつかめ、みたいなことを良く言いますけど、私はつかめませんでしたが)実家の母親が料理を教えてくれたので、一般的なことは出来ます。ただ、今の旦那の母親(義母)のように、シチューを最初から圧力鍋を使って作ることは出来ません。(市販のルーを使いません)中華料理も香辛料を駆使して作っています。(私はクック・ドゥーです)ですが、昨日もそうでしたが、自分の料理を自画自賛します。時々、自分で食べて、「これ、うめえなあ~」と思うときがあります。昨日は、かぼちゃの煮物でした。先週は、肉じゃがでした。あと、ニラともやしとベーコンの簡単やきそば。その前は、ミートソーススパゲティでした。旦那も無言でひたすら食べたり、「うまい」と一言いってものすごい勢いで食べます。家で食べるのが一番好き、とも言ってくれるので、料理に自信がない私としては、うれしいことです。でも料理が基本的にあまり好きではないので、毎日献立に困っています。だからこそ、「うまい!」と自分で思ったときは、自画自賛して、自分で自分を勇気付けます。だってこれが一生続きますから。今夜はどうしようか・・。

 

病院行ってよ~

 男の人は、特に毎日毎日が追われているように仕事している人は、ちょっと体調が悪いくらいでは、中々病院へ行ってくれません。病院へ行く時間がないとか、休みがとれないとか、理由はいろいろ。ものすごーく体調が悪くなったり、痛くなったり、倒れたりして、始めて病院へ行く、という方が多いのではないでしょうか。

 うちの旦那もその一人。ものすごーく忙しいのは分かっているのですが、あまり体が丈夫な方ではありません。一年中、顔に吹き出物やら、体の部分的にアトピーやら、出来たり治ったり。偏頭痛のような頭痛があったり。先日は、一ヶ月以上前にランニングをしていて、左足の親指の爪を何かに引っ掛けて、めくれ上がって、そのままにしておいたら内出血して爪が赤紫。痛くはないからと、ネットで調べたら、ほっておけばぽろっと古い爪がはがれて、その下から新しい爪が出てくる、なんて読んだものだから、そのままにしておいたら、化膿して痛くなってやっと皮膚科へ。私は最初の段階で、病院へ行きなさい、と言ったのに。でも皮膚科に二回通って、抗生剤と痛み止めを飲んでも治らず、結局知り合いの方に教えられた外科へ行って、その場で爪をはがしたとのこと。爪の下が腫れていたそうです。

 だから、何度も言ったのです。常に私は言っています。インターネットで病気やけがのことを調べるのも良いけど、それはあくまでも参考にして、病院へ行った方が言いと。私も自分の病気のことで、さんざん調べました。でもそれは、病院へ行って検査して、病名がはっきりと分かってからです。自分が何の病気かけがか、はっきりと分からず診断されていなくて、その状態で調べていても、それはあくまでも素人の自分の判断であって、ネットに書かれていることが自分に当てはまるとは限らないし、その病気ではないかもしれないのです。うちの旦那の場合は多分、体が丈夫でないから、普通ならその足の爪も、ぽろっとはがれて大丈夫なのかもしれませんが、毎日仕事で忙しくて、さらにGWで東京の実家に帰省して遊んだりして、体の抵抗力も落ちていたのでしょう。だから自分は違うかもしれないと、早めに対処して欲しいのです。終わってしまったことで、あれこれ言うと怒るので、本人にはこれ以上言いませんし、自分は皮膚科に行った、と返してくるので仕方ないです。

 その旦那が今度は、食道のあたりがおかしいと言い始めました。食べるとつっかえると言うか、少し痛むと言うか。またネットで調べたら・・・なんて言い出したので、たのむから病院へ行ってくれ、と言いたいですし、言いました。だって、4年位前に一度、食道から胃にかけて、ポリープが十数個も出来た時があったのです!そのときは、食べるのが好きな旦那が、食べられないほど痛かったから、今回はそれほどでないから大丈夫、なんて言い出して。あのさあ、一度そういう思いしてるのに、怖くないのかね、と言いたい。今回、それで一時大丈夫になって、ほっておいたら、また痛くなって、で病院へ行ったら悪性の腫瘍でした、って言われたらどうすんの???って思います。自分が私よりも先に天国(旦那は多分天国へは行けないかも)に行って、この世で私が他の人と再婚しようしたら、天国から降りてきて邪魔して再婚させない、とか言ってるんだから、頼むから病院行ってよ~。

海外ドラマ!

 海外ドラマと言えば、今は「韓国ドラマ」が代表的かもしれませんが、私の若い頃(?)は、もっぱらアメリカのドラマでした。友近さんとなだぎさんがモノマネしている「ビバリーヒルズ高校白書・青春白書」は、思いっきり日本での放送のリアルタイムの時代。ちなみに私が一番最初にはまって、自分が学生時代に演劇をしていく上で、その原動力のようなものになったドラマは、「フェーム」という、プロのダンサーや俳優・歌手などを養成する学校で青春時代を過ごしている若者の姿を描いたものでした。それを日曜の午後11時過ぎからの放送にもかかわらず、中学2年くらいだった私は、毎週欠かさずに見ていました。

 それから私の海外ドラマ好きは始まったのかもしれません。まあ、さほどのめりこんで見ていた(見ている)わけではありませんが、好きです。「ビバリーヒルズ」シリーズはあまりに長いので、ちょこちょこと見ていました。その他「ER]「ホワイトハウス」は、やはりちょこちょこと。「ロズウェル」は毎週欠かさず。コメディの「ダーマ&グレッグ」も毎週。「ミスター・ビーン」もほとんど。「アリー・マイ・ラブ」も長かったので気になるときだけ。と思いつくまま書いてみましたが、どうにもまだありそうだと、「アメリカ合衆国のテレビ番組一覧」というホームページで、何を見たことがあったか確認してみたら、出てくるわ出てくるわ。私の海外ドラマ好きは、どうも父親譲りだったみたいです。

 自分がみずから進んで見始めたのは「フェーム」が初めてだったと思いますが、父親が見ていたから一緒に見ていた、という遠い記憶が甦ってきました。古いですよ~。「チャーリーズ・エンジェル」「エアウルフ」「カリフォルニア・ドリーム」「600万ドルの男」「ナイトライダー」などなど。どうしよう、数え切れないくらい見たことがありました。母親はクリント・イーストウッドの「ローハイド」が好きだった、なんて言ってるくらいなので、両親とも海外ドラマは好きなのでしょう。そういえば母親は、実家に帰ると、よくお昼過ぎからテレビ東京で放送されている刑事物ドラマ(ナッシュとか)を見ていました。

 さて、最近は韓国ドラマが放送されるようになって、それもよく見ています。ヨン様の「冬のソナタ」「太王四神記」、大好きだった「オールイン」。うちは衛星放送は見られないので、どうしても限られてしまう部分はあるのですが、レンタルDVDで、他にもいっぱい海外ドラマは出ていますよね。そこで、レンタルで借りてきて見始め、面白くて仕方ないのが「セックス・アンド・ザ・シティ」。30代の独身女性の恋愛に関する(?)ドラマ、とでも言いましょうか。そのタイトルずばりの内容が大部分ですが、面白い!このドラマはアメリカで大変人気があったようで、エミー賞に50回以上もノミネートされて7回受賞、ゴールデングローブ賞にも24回ノミネートされ8回受賞しているそうです。面白いわけです。単発の多分30分ドラマだと思うのですが、それがDVD一本に何話か収録されていて、ずっと見ていなくてすむし、短編で見やすい。その上、気分転換になって、笑える。実は先週は、ブログにも書きましたが、大切な人が入院したり、自分も体調が今一歩だったりと、気分が落ち込み気味でしたが、これではいけないと、あえて日常生活をきちんとしていました。その上で、考え込む時間を作らないように、「セックス・アンド・ザ・シティ」を見て、笑ったりしていました。

 今週も借りてきて見ます。大切な人は、とりあえず今日、一時退院していたので、電話で話せました。元気でした。ほっと一安心。ですから、後は、自分が気分的にも体力的にも落ち込まないように、気分転換をしながら、体を調整します。このDVD、おもしろいですが、できれば20代後半からの女性とかが見てね。(R指定とかDVDってあるのかな)

始めての食事会

 今日は毎週習っているフラメンコの日。ちょっとGW疲れと、精神的なショックなどから、毎日の柔軟体操もおろそかにしていた今週なので、めずらしくあまり「練習したい~!」という気持ちがわかなかったのですが、それでも行ってきました。具合が悪いわけではないので、もちろん行くつもりでいたのですが、もう一つ行かなければいけなかった理由は、フラメンコを習っているメンバーとの、始めての「食事会」を約束していたからなのです。

 練習はやはり行って良かったです。固まっていた体がほぐれて、落ち込み気味だった心も、フラメンコに集中することで、だいぶストレスが発散出来たのでしょう。終わったときには、心も体もスッキリしていました。習い事は、続けるべきですね。私のように昼間一人でいることの多い転勤族の専業主婦で、友人もその土地にいなくて、持病を持っていて、疲れすぎてもいけないし、適度な運動もしないといけない、なんて状態だと、中々ストレスを発散する機会がなく、一つ思い悩むことがあると、とことん一人で考え込んでしまい、「うつ」っぽくなるのでしょう。そういう時に習い事でもしていると、今日のように一時でも様々なことを忘れて、それに集中することができ、ストレスが少なくなるのだと実感しました。

 今日はさらに、始めて、フラメンコのメンバーと、食事会を約束していました。練習後に近くのファミレスで一時間ちょっと、わいわいと話しながら食事をしました。同じ趣味を持っていて、そこで知り合った仲間なので、フラメンコの話をしたり、また、他の趣味の話をしたり。年齢も30代~60代の女性なので、話の内容もいろいろ。私が、なんちゃって手相を見る(?)ので、それをその場でしてみたり。手相を勉強したわけではないのですが、テレビで見たり、本を読んだりしたときの記憶で、何となく「手を見せてくれます?」なんて言いながら手相を見ますと、皆さん真剣に聞いてくださるんです。これ「なんちゃって手相」ですよ~、と言ってから見るのですが、これが結構当たってたらしくて、それでまた盛り上がったりして。

 どうしても女性同士が集まると、噂話になったりして、私はちょっと怖い部分もありました。昔、長野にいた時にそういう経験をしたからです。でも趣味の話や、こんな手相もどきみたいなことから話が広がって、前の恋愛のこととか、家庭の話とか、話の範囲が広がって、楽しいひと時でした。女性にとっては、こういう「人との会話」も、ストレスの解消になるのです。まあ女性だけではなくて、男性にとっても、「話す」ことはストレスを減らすことにつながるとは思いますが、きっと女性の方が話好きでしょう。フラメンコを真剣に練習した後、時々またこのような食事会やお茶の時間が作れれば、嬉しいなと思いました。富山に引っ越してきて一年以上、フラメンコを習い始めて11ヶ月、やっと食事会などができる知り合いの方々が、増えてきました。こうなってくると、次に転勤するのが、寂しくなるのですよね。それにしても、新しい土地で友人や、知り合いを作るのは難しいですね。そのためにも、「習い事」は近道だと感じました。

このところ、肌寒いです

 富山ではこのところ、肌寒さが朝晩、続いています。マンションに住んでいるからでしょうか。朝はまだ暖房器具を使っています。今もこうしてテーブルでブログを書いているときに、足元が寒くて、多分足が冷えています。私はGWに東京の実家に帰省していて分かりませんでしたが、新聞などで最高気温をチェックしていたところ、富山は夏日で27度以上のときもあったようです。知り合いの方に聞いても、「暑かった~」と言ってました。東京でもGWは暑かった日もありましたが、そこまでではなかった気がします。やはり富山はフェーン現象の日があるせいか、暑い時は、はんぱない暑さ。そのかわり、普段通りの気温に戻ると、朝晩がまだ7度~11度くらいを、毎日いったりきたり。その位の最低気温だと、やはりまだ肌寒さを感じます。コタツと暖房器具は、まだしまう事が出来ません。

 東京の方は、一昨日と昨日と、寒かったようですね。義理の母と電話していてもそう言っていて、なんとなく鼻声。実家の母親も風邪気味。風邪が流行っている、と言っていました。そうでしょう。GWには夏日のときもあったのに、しばらくしたら、最高気温が13度くらいから17度、なんて日があるとは、体がびっくりしてしまいます。着る洋服も、この季節は本当に困ります。本来なら、私ももう冬と夏の洋服を入れ替えようかと考えていましたが、富山の週間天気予報で、最高最低気温を見ていると、どうやらまだ夏服には早いし、冬服のセーターは着ないだろうし、というなんとも難しい気候。しかも今日は快晴で昼間20度位まで気温が上がったとしても、明日の朝は例えば最低気温が9度、なんてことになったら、やっぱりまだ、洋服の上に着るフリースくらいは出しておかないと。

 東京は私の記憶ですと、この時期に最高気温が13度14度なんてことは、なかったような気がします。ここ数年、GWの時期になると、びっくりするほど気温が上がって快晴で、暑くて仕方ないことがあったり、何だか随分とおかしな気候になってきているな、と感じます。自分の体調に気をつけないと、風邪も引きますし、無理をすると他の病気にもなってしまいます。そのくらい、へんてこな気候の変化だと、最近感じました。

大切な人が入院

 昨夜、私にとって兄弟のような存在であり、良きアドバイザーであり、とにかく大切な人が、入院していて手術もしていたことが分かりました。まだ旦那が仕事から帰っておらず、私だけ夕食を食べて、大好きなテレビ番組「おせん」を見るために、食器などを片付け終わったところに飛び込んできた情報でした。

 知らずに、本人の携帯に電話しても、つながらないわけです。入院して、手術もしていて、今週末には退院だなんて。まだ私がGWで東京に帰省しているときから入院していたらしいので、知っていればもう少し富山への帰宅を延ばして、顔を見てから帰ってくるところでした。私は今のところ、7月にまた病院へ検査に行く予定で、帰省するので、その時には顔を見に行こうと、考えています。

 詳しい病状を知ったときの、私の頭の中は、まさに、真っ白というか、思考が止まったというか。自分のことの方がまだ冷静に、それこそ本人だから、とにかく病気が何とか治まるまで仕方なし、など思いながら対処できるかもしれませんが、自分にとって大切な人が病気で入院・手術と聞くと、もう何とも言えない感情。涙は出てくるわ、でも冷静にならなくちゃいけないという思いと、そんなに大変な状態になってたことを知らなかったなんて、という落ち込みと。一番大変なのは本人であり、その家族だと分かっていながら、気持ちがぐちゃぐちゃ。本当に、どうして良いか分からない、というのはこういう事を言うのだろうと思います。

 私が悩んでいたり、落ち込んでいたりしたときに、話を聞いてくれて、アドバイスしてくれたりする、本当に大切な人です。もちろん、そんなことしてくれなくても、小さな頃から兄弟のような存在の人ですから、とにかくしばらくは休養して、ゆっくりとしてほしいです。私が心配しすぎて体調を壊さないかと、うちの旦那や母親は、そっちも心配してくれています。これで私が具合が悪くなった、なんてことになったら、顔を見に行くことも出来ませんから、私はとにかく体調維持につとめます。遠くからですが、早く病状が良くなってくれることを祈っています。それにしてもショックだった。人生には、長く生きていけば生きていくほど、自分ではどうにもならないことが、いろいろとあるのだということが、30歳過ぎてから良く分かってきました。そういったことを抱えながらも、毎日生きていかなかければいけないのだと、実感しています。

今回の検査結果は、いまいち

 GWの始めの日に東京の実家に帰省して、4/28の月曜に病院へ、いつもの検査に行きました。飛び飛びの休日の合間、カレンダー通りに病院が外来をやっていたので、ちょうど良かったのです。ただ、今回はもしかして、数値的に今一歩かもしれないと、感じていました。

 GWに入る直前に、実家の母親と少し、もめごとがありまして、母親は全く気にしていませんでした。私が気にしていたのです。それだけが原因ではなかったのですが、少し寝付けない日があったり、実家に帰省してからも、いつものように場所が変ると眠れなくなる、みたいな状況になり、いざ病院へ行く当日の午前中、さらに母親と言い合いをしてしまいました。それが4/28のブログに書いた「母ちゃん、保険やめないで~」だったのです。母親が入院保険をかけているのをやめたいと言い始め、これを説得するのに、ものすごくパワーを使いました。結局今のところやめていないので、その時の説得は成功したのですが、ものすごく疲れて、病院へ行きました。決して、体力的に疲れたというのではないのですが、精神的に疲れていました。さらに、いつもなら朝食を食べてから、飴を一個食べるくらいで血液検査にのぞむのですが、今回は母親とケンカ状態でしたので、口の中もカラカラで、清涼飲料水を飲む、飴を2個食べるをしてから出かけたのです。

 何飲んだって、飴2個食べたって、たいして結果は変らないとは思いつつ(本当は変るのかも)、数日間の眠りの浅さと、精神的疲れがどうひびくか、分かりませんでした。まあ、ここ半年以上、高値安定で続いているので、今回もそうだとは思っていました。その検査の結果を昨日、電話で主治医に聞きました。「いまいち」でした。これといって具体的な症状が現在出ているわけではないので、無理しない程度にいつも通り生活していけば良いとは思っていますが、イヤだわ~なんて思ってしまうのです。

 白血球が1万超え。まあ、体のどこかで病態が動いていたのでしょう。白血球は日々変るらしいので、今日はまた違うのですが。コレステロールは269。いつも250~270を行ったりきたり。プレドニンを飲んでいると、どうしてもコレステロールが上昇する傾向があるようです。血糖値はぎりぎりの108。ここ半年80~90代だったのにカッグリ。このコレステロールと血糖値を気にして、食事にも私なりに気を配り、もうこれ以上は減らすと、お腹が空いて仕方ない、という内容にしているし、体重もあまり減ってしまうと、それはそれで抵抗力が落ちてくる。ただでさえ、プレドニンを飲んでいるので、多分、抵抗力はそれほど強くないと思うのに。ベーチェット病は白血球の異常があるらしく、自分で自分の免疫を攻撃してしまうらしいのです。ですから病態が動いているときに、白血球が上昇します。今回が多少、そんな感じだったのでしょう。間接の炎症を示す数値は、相変わらず正常値の2倍。その他、体の炎症を表す数値は正常値内でしたが、多少高めでした。

 昨日は母親にちょっと八つ当たり、みたいにしてしまいました。「お母さんのその話が、子供としては一番辛い」みたいなことを言ったら、驚いてました。そのせいで数値が悪かったとは思いたくないし、そのせいにもしたくない。結局は自分がストレスをうまくコントロールできないのがいけないのですから。難しいですね、持病と共存していくのは。主治医に、「私、アルバイトしても大丈夫かな」と聞いたら、「やってみなくちゃ分からないよ」と言われました。この病気でも働いている人は、たくさんいらっしゃると思いますから、私だってやってみなくちゃ分からないけど、発症して一年目の時のように、フルタイム仕事して家事をしたら、一年で3回も入退院した、なんてことになったらとてもイヤです。しかも入院するたびに、症状も重くなっていきましたから。出来れば、旦那には申し訳ないですが、このままもう少し、体調維持と家事に専念させて頂けたら、と考えています。

メイクの工夫

 飲んでいる薬の副作用なのか、ただ太ったからなのか、顔が丸顔な感じになっています。ブログにも何度か書いていますが、弟にも「アンパンマン」と言われたりしますし、自分でも、むくんでいるような、頬やまぶたの上が肉厚になっているような気がします。それに気付いたのは、一年前に富山県内の砺波で毎年GWに行われる「チューリップフェア」に行って、デジカメで写真を撮り、それをプリントした自分の顔を見たときでした。ただ、ステロイド剤である「プレドニン」を飲み始めてから、今までで約一年半。飲み始めた時には入院していて、点滴でステロイド剤を投与していて、これはあまり副作用がない薬だったのですが、入院中に栄養失調だということもあり、たくさん食べて太ってしまい、そのせいで丸顔になったのだと当時は思っていました。それから錠剤のプレドニンに変り、だんだん飲む量も減って、毎日5mgのプレドニン2錠になってからすでに一年以上。プリントした写真で自分の顔を見て、驚いたものでした。2錠ぐらいでは副作用も出ないだろうし、一年前の時点で体重は普通に戻りつつありましたから。ただ、薬剤師さんに聞いたところ、2錠でも副作用が出る方はいるようで、ある人はそれが嫌で勝手に飲む量を減らしたら、病気が再燃してしまった、ということもあったそうです。それは私には出来ません。勝手に飲む量を減らす勇気がありませんし、絶対にするなと、主治医にも言われていますから。

 さて、フラメンコで毎週、全身を鏡に写して練習していると、これまた顔が見事にむくんでいるのが良く分かります。メイクを工夫して何とかならないものかと、先日二年ぶりに再会した、大学時代からの親友に、メールでも相談していました。彼女は大変、ファッショやおしゃれに敏感で、大学時代からメイクにもこだわっていました。そんな彼女からのアドバイスは、アイラインとマスカラで、目を強調すること。私もアイシャドーはとても好きで、今はかなりの奥二重のまぶたですが、以前は顔がシャープで、二重のまぶたももう少しはっきりしていましたので、様々な色に挑戦していました。しかし、今の状態では、あまり明るい色ばかりを使っていると、ポッテリしたまぶたが目立ってしまう、と感じたのです。先日実家に帰省していた際に、いつも行っている美容院でも相談したところ、太目のアイラインを試しに入れて頂いたら、やはり印象が随分と違っていました。さらに、すこし茶色系のチークを頬骨あたりに入れるのも、効果がありました。親友が言うように、アイラインと、さらにマスカラで目を強調したいのですが、私は逆さまつげがあり、またコンタクトも使っていて、目をこすってしまったり目薬を頻繁につけたり、何かというと涙を流すので、一時マスカラも黒やブルーなどに凝って使っていましたが、気付くとパンダ目で、目の下にクマのような状態でした。それを親友に話したら、最近、大変良いマスカラが発売された、目の下がにじまない。というではありませんか。気になって、気になって、とうとう昨日、近くのデパートに行ってしまいました。

 デパートの化粧品売り場で、その「マスカラ」を見つけて、メーカーの売り場の方に、むくみ顔の件を相談して、試しに目の周りをメイクして頂きました。始めてそういう場でお化粧して頂きましたが、やはりプロはすごいですねえ。びっくりしました。アイホールにアイボリー系のパールが入ったアイシャドーを全体に塗って、アイシャドーもブルーグレーを使って奥二重を大きめに塗って、さらに茶色のアイラインを引いて、もうその時点でものすごい目力。おお~、これはすごい!と感心しているところへ、最後の「マスカラ」。これをものすごい何重も上下塗っていただいたら、あまりに目が大きく見えたので、さらに驚きました。ありがとうございました~、と嬉しさを顔全体で表現して、とりあえず今回はマスカラは購入せず帰りましたが、内心「舞台用メイクのようだ」と思っていました。このお試しメイクのために、夜ご飯が近くのファミレスになり、旦那と待ち合わせて会ったとき、私の顔を見て、「すごいねえ、フラメンコ踊るみたいだねえ」と言われました。

 もう少し、マスカラも薄めに塗って、目を強調するメイクを自分でマスターしたいと思っています。顔のむくみのために、薬を減らして、せっかく安定している体調を壊したくないので、何とかメイクでカバー。工夫してみたいと思います。

お守りのネックレス

 私には、必ず付けていたネックレスがありました。特に出かける用事で、アクセサリー的なバランスで、つけるとおかしいなと思うとき意外は、とにかくいつも、毎日、お風呂も寝る時も外しませんでした。金のネックレスで、少し長めの、少し太めで、ちょっとのことでは切れないような、ネックレスでした。これは自分のために、自分で買った、お守りのような物でした。

 一度目の結婚生活で、本当に経済的に苦しくて、それでも就いた仕事に恵まれ、楽しみながらも、体力的に当時の限界の状態まで、毎日頑張って働いて、家事をして、生活をして、でも自分のための物を買う余裕が出てきたのは、結婚してから4年くらいたってからだったでしょうか。それまでは、自分は後、とにかく夫のことは世間様にそれなりに見られたいと、夫の物を優先して買っていました。自分はどうしても欲しくなれば、洋服でもアクセサリーでも、できるだけ安い物、500円とか1000円とか、そういう単位で買っていました。実家の両親が見かねて、帰省したときにスカートなど買ってくれたものでした。それでもその当時は、幸せだったのです。ただ、いつの頃からか、頑張ってきた自分が疲れ始めて、自分のために少し、贅沢というか、好きなものを一つでも買いたいと思うようになりました。それが、金のネックレスでした。

 母親が昔、金のネックレスをずっとつけていたのを知っていました。今はもう、つけていません。多分、おしゃれだったのだと思います。それへの、あこがれもあったのでしょうか。私は、生活の苦しい状態から始まって、結婚生活4年目くらいから、徐々に余裕が出始めて、少しずつお金を貯めて、実家に帰省した際に、父親に教えられた、御徒町の貴金属のお店がたくさんあるところの一つのお店で、自分のために始めて金のネックレスを買いました。12,000円くらいだったと思います。そのときから、ほとんど肌身はなさずつけていました。今から8年くらい前になると思います。それ以外に自分の高い買い物は、親友の結婚式に出る際に、着ていく服がないので、ツーピースを買ったくらいでしょうか。3万円くらいでした。もちろん今でも持っています。ただ、自分の贅沢というか、自分のためだけに買った高価な物は、その金のネックレスが、一度目の結婚では最初で最後でした。

 お守り、だったのだと思います。その金のネックレスを毎日つけて、今日も頑張るという、お守り。毎日忙しさに追われて、結局、自分の夫が他の女性に、気持ちが傾いていることにも、半年以上気付きませんでした。離婚してからも、このネックレスだけは、なぜか外せませんでした。つけていないと不安だったのです。つけているのが当たり前だったのです。

 しかし、何がきっかけになるか分かりませんね。今は、そのお守りのネックレスを、もう、つけていません。大切にしまってあります。きっと時々、外出の際に、つけたりするのかもしれませんが、もう毎日肌身はなさずは付けていません。心の中で、何か吹っ切れたのかもしれません。ああ、もう大丈夫だ、と。不思議だなあと、自分でも思いました。あんなにこだわっていたのに、ある時、ふと「もういい。」と思うようになるのですね。ネックレスには、充分、守ってもらいましたし、助けてもらいましたし、勇気ももらった気がします。辛いときも悲しいときも、楽しいときも、病気の時も、ずっと一緒でした。このあたりで、ネックレスには少し、休んでもらいましょう。ありがとう、金のネックレスさん。

スペインの雰囲気です

 今日は二週間ぶりのフラメンコの練習日。先週は東京に帰省していたので、お休みしました。本当はお休みしたくないくらい、フラメンコは大好き。適度な運動と、好きな踊りなので、心身共にいい影響があるようです。好き、とは言っても、好き度と上達度は違うわけで、今日もほとんど過呼吸状態で「セビジャーナス」という、フラメンコの基本の踊りを習いました。まだまだ第一段階のしかも、足だけの振り付けでも、そんな感じですが、自分の中では、雰囲気は「スペイン」。実家に帰省中も、フラメンコのCDを持ち帰り、それを聞きながら、柔軟体操やら、マノ(フラメンコの手の動きです)の練習やらしていました。

 私がフラメンコを習い始めて、大好きだということを義理の母親が知り、病気が落ち着いたらスペインにもいつか行きたいだろう、という風に思ったらしく、英語を習うのもいいけど、せっかくフラメンコを練習しているなら、スペイン語を勉強するのもいいと思う、なんて話も以前電話でしました。その時に、スペインを題材にした、面白い小説があるから、それを読んでみたら、と紹介されました。逢坂剛さんの直木賞受賞作「カディスの赤い星」という本です。

新装版  カディスの赤い星(上) (講談社文庫 お 47-25) 新装版 カディスの赤い星(上) (講談社文庫 お 47-25)

著者:逢坂 剛
販売元:講談社
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上下巻で1000ページを超える大作ですが、面白かった。推理小説の部類に入るのでしょうか。私は、ミステリー・サスペンス・推理関係は苦手で、最初、この本を読み始めたときも、特に気にせず読んでいたのですが、下巻のどんでん返し部分に差し掛かったときに、始めて、この小説は推理小説なんだ、と感じました。舞台は日本から始まり、主人公が人探し・物探し他の目的のため、スペインに渡って、そこでスペインの革命組織の計画に巻き込まれながら、目的を達成し、日本に戻ってどんでん返し。みたいな展開で、素直(?)な私は、そのまま先も予想せずに読んでいましたので、びっくり!!大変、面白い本でした。それを帰省中に実家でも読んでいましたので、自分の頭の中には、いつもスペインのフラメンコの音楽が流れていて、カディスの赤い星の主人公や、そのストーリーが、読んだところまで残っている、という状態でした。

 しばらくすると、このスペイン熱(風邪の種類みたいですが違います)も、ちょっと冷めてくると思います。ものすごく熱くなったり、少し冷めたりしながら、もちろんフラメンコは長く続けて生きたいと考えています。

本当に眠れる場所は?

 特にそんなこと深く考える必要もないと思うのに、ついつい考えてしまいます。「私って、どの場所が、本当に安心して眠れる場所なんだろう」と。

 昨日東京の実家から、富山の自宅に帰ってきました。車で6時間はやっぱり辛いですね。ほとんど運転してくれた旦那のほうが、辛かったとは思いますが。車中でお互いに意見が一致したのは、実家では眠りが浅い、寝つきが悪い、という点でした。うちの旦那はものすごく寝つきが良くて、疲れているときは、お休みなさい~と言って寝室の電気を消して、10秒もたたずに寝てしまうこともあります。ああ、羨ましい。その旦那の寝息を聞きながら、すぐに寝られるときもあれば、1時間眠れないときも、私はあります。体調にもよるとは思うのですが、寝つきが悪いのは悲しい。でもいつかは眠れると、自宅ではあまり気にしていません。しかし、実家に帰省すると、なぜか私はもっと寝つきが悪くなります。富山のときと生活のリズムが狂うからか、やっぱり精神的に落ち着かないのか。また、私の寝ている部屋が、ちょうどリビングに接していて、ふすまを閉めているとはいえ、なぜか朝早い出勤の父親が、朝ごはんを食べながら母親と会話している声が聞こえて目が覚めて、朝早く起きてしまったり。旦那のほうは、やはり実家で、寝つきが悪かったり、物音で目が覚めてそれから眠れなかったとか、めずらしいことを言ってました。

 富山に帰ってきた昨日、まずはとても疲れていたので、1時間半くらい、夜寝(昼寝ではなく、夜にちょっと寝ることを私はこう言ってます)してから、お風呂に入ったりして、夜中の12時頃にベッドに入りました。旦那はあっという間に寝てしまい、私も夜寝したにもかかわらず、すぐに寝てしまい、いつもなら途中に一度はトイレで起きるのに、昨日は一度も起きることなく朝でした。

 結局、普段暮らしているところが、一番良く眠れる場所なのでしょうか。本来なら、両親や弟がいる、育った実家が一番良く眠れてもおかしくないのでしょうけど、やっぱり自宅が一番なのでしょうか。しかし、私は一度離婚を経験していて、自分のいるべき場所、自分が本当に安心して眠れる場所についてなど、時々考えてしまうことがあるのです。あ~、ネガティブ。そんなこと考えずに、眠れなければ、いつか眠くなって寝れるさ~、くらいの気持ちでいつもいられればいいのですけどね。

ニューオータニにSPいっぱい!

 今日は東京の実家に帰省最終日。うちは旦那も東京が実家で、お互いに実家がマンションだということもあり(泊まれる場所もありませんし、車で10分くらいの場所なので)、帰省すると、分かれて帰るのです。今日は、しばらくぶりに旦那の顔を見たのですが、私はすでに先月の26日に帰ってきていたので、会うのは約10日ぶり。なんだか、太ったような・・・。

 さて、今日実は、旦那の両親と、弟とその婚約者、私たちと、6人でランチをしたのです。私は義弟の婚約者に会ったことがありましたが、旦那は始めてて、顔合わせもかねたお食事会でした。しばらく前から、場所をどこにしようか、義理の母親がいろいろと考えてくれた結果、ホテルニューオータニの最上階のレストランとなりました。私は行ったことがなく、とても嬉しくて、まずは旦那の実家に私が行きまして、そこから車でニューオータニに向かいました。

 天気も良く、道路も混んでいなくて順調。ところが、なんだか、ニューオータニに近づくにつれて、なぜか警察の車や白バイの警官の方々が、ちらほら。どうして?と旦那と話していると、前を走っていた義理の父の車が左へ曲がったので、私達も続いて左へ。その途端、私達が曲がったのを待っていたのか、すぐにその後ろの方で道が封鎖されました。あれ、こりゃおかしい。ここまで来て、あ、これは誰かニューオータニに来るな、と考えてみたら、多分、誰か外国の偉い人が来ている、もしくは来る予定だと、なんとなく気づきました。その後、駐車場に入るのも検問。ホテル内の敷地には警官と、パトカーがたくさん。そして、車を駐車場に止めて、両親と歩きながら「誰だろう」と話していると、ふと思いつきました。今、中国の胡錦濤国家主席が来てるよね、ということになり、あ~多分、ここに来るんだ、という結論に達しました。まあ、どこのニュースでも、どのホテルに行くとは報道していませんので、あくまでも予想なのですが、まず間違いないと思いました。だって、SPがた~くさんいましたもの!

 そう「SP」がたくさん!ホテル内のあちらこちらに、あっちもSP、こっちもSP。旦那が教えてくれました。私の頭の中には、あのテレビ番組、岡田准一君の「SP」のイメージでいっぱい!もう見かけるたびに、じっと目で追っていると、旦那に「やめなさい」と言われたので、じろじろ見るのはやめました。もしかして、生で本物のSPの方を見たのは始めてかも。皆さん、それなりの体格だった気がします。やっぱり岡田君はSPにしては、細すぎる・・・。

 そんなこんなで始まった食事会は、35階から東京の街の展望がすばらしく、お料理もおいしく、家族みんなで楽しく、とてもよい時間を過ごすことが出来ました。約2時間、家族皆で楽しくおしゃべりしながら食事をして、ホテルを後にしたのですが、駐車場から出た時には、来たときよりもさらに厳重な警戒と、マスコミ関係の方々が集まり始め、「ああ、これから胡錦濤国家主席さんが来るんだ~」と思いました。そして、初めて、ベンツのパトカーを見たのでした。

風邪に気をつけないと

 東京の実家に帰省した、GWの初日は暑かった。それからしばらく暑かった。東京の天気も良かった。しかしここ2・3日は肌寒い。天気が曇ったり雨が降ったりしているせいかもしれない。夜は寝るとき、毎日困ってしまいます。一応、現在の自分の自宅ではなく、お世話になっている身なので、夜中に布団が暑かろうが寒かろうが、まさか母親を起こして、取り替えてくれ、とは言えません。でもどうやら、布団が暑かったのかもしれない。とりあえず羽毛布団を、薄手の毛布と羽根布団に取り替えたら、昨日は良く眠れました。

 新聞で毎日、東京と富山の最高気温を比べて見ていますが、ほとんど同じくらいの気温で、差があるのは最低気温がやはり富山の方が低いくらい。ここ数日に関しては、フェーン現象が起きているのか、富山も金沢も、東京より気温が高い日が続いているようで、帰るのがためらわれる・・・。北陸は多分、すでに梅雨のような気候になっているのではないかと予想できます。そうすると、除湿や冷房を動かさないと、辛いかも。最高気温が27度以上で湿度が高いと、大変過ごしづらい。しかし・・・・

 東京に帰省した初日から、実は父親が風邪を引いているようです。コンコンと咳が続き、連休の合間をぬってやっていたかかりつけのお医者さんに、薬をもらって飲んでいても、いまいち治らないようです。理由は分かっているのです。父親は大のビール好き。少し体調が良くなってきたかと思うと、また悪くなってくる。これはもう、ビールの飲みすぎです。体調が悪いときは、とにかくお酒はダメなのです。私が昔、地方のコミュニティFMラジオでアナウンサーをしていた際、二ヶ月に一度は喉が腫れて、かかりつけの耳鼻咽喉科に行っていましたが(多分、その頃から、ベーチェットの症状が出ていたのかもしれませんが、よく眠って休養すると、治ってました)、とにかくお酒はダメだと言われた覚えがあります。カラオケは良いよ、と言われた気がしますが、喉が痛いのに、カラオケなんか出来ませんから。それくらい、風邪や喉の痛み、咳の症状には、まずアルコールはダメなのですよね。父親もお酒を一時中断したら、2・3日で咳の症状も良くなるとは思うのですが・・。

 夜中になると、コンコンというレベルでなく、ゴホゴホ、ゲホゲホ、ゴボゴボ、みたいな咳をするので、ものすごく辛いと思うのです。しかし本人は咳がひどいだけで、どうやら元気はあるみたいです。ちょっと可哀想なのは、いまだにダブルベッドで一緒に寝ている、母親です。よく父親の風邪がうつらないものだと思ってしまうのですが、どうやらやはり隣で咳をされると起きてしまうようで、一週間くらい、寝不足みたいです。ちなみに、両親の隣の部屋で寝ている私も、父親の咳があまりにひどいと起きてしまいます。私は隣の部屋だからまだ良いけど、気分的に風邪ひきそう。でも母親は「一番辛いのは、お父さんだから、なんとも言えないわ」なんて、言っているからすごい。夫婦愛ですねえ。

ゴキブリと丸顔騒動!

 昨夜、飲食業の弟が仕事から帰宅したのは12時半ころ。いつもより30分ほど早く、私は就寝前の読書をしていてちょうど眠くなったので、寝ようとしていたところでした。「あれ?早いじゃん」と会話が始まって、寝ていた母ちゃんも起きてきて、弟の夜食などを準備し始めました。母ちゃんは弟が帰ってくると、必ずと言っていいほど起きてきて、夜食の準備をしてあげます。母親の愛情はすごいですね。

 ところで、昨日はそんな感じで、めずらしく夜中、帰宅した弟と話していたら、弟が突然ダイニングルームの隅のほうを指さし、「太郎だ!!」と叫びました。何?太郎?一瞬頭の中がぐるぐると動いて、すぐにそれが「ゴキブリだ!」と気付きました。「いやだ~!!!ちょっと、何とかして~!」と、必死に弟と母ちゃんに懇願する私。だって、私だけ、ダイニングルームに隣接している畳の部屋で、布団なのです。あとは両親も弟もベッド。太郎に接する機会の可能性が一番高いのは、私です!しかし弟が捜索したにもかかわらず、太郎のその後の行方は分からず、とにかくそこら中にあるだけのコンバットを置いてくれと、頼んだのでした。

 実家にGWの帰省をしてから早1週間。いまいち寝不足で、やっと今夜は眠くなって、深い眠りにつけそうだ、なんて期待していたのもむなしく、太郎騒動ですっかり目が覚めてしまいました。騒動が一段落してから夜食を食べている弟の部屋に行ってみたら、母ちゃんと弟がなにやら話している途中。ひょいっと、顔を出したら、弟が私の顔を見て「なんだ、顔が丸いぞ。アンパンマンみたいだ~。」なんだとー!!!人が一番気にしていることをー!怒りとショックで、私はふらふらと、自分の布団の部屋に戻り、手鏡を持ってじっと自分の顔を見ました。やっぱり、丸い。プレドニンの副作用なのか、太ったからなのか、やっぱり丸い。デジカメで写真を撮って、プリントして自分の姿を見るたびに、顔が丸いなあ、と思っていたが丸い。と、手鏡を見ながら、ぶつぶつ言っていたら、母ちゃんが弟の部屋から顔を出し私を見て、弟に「ほら、姉ちゃんが気にしてる」と、ボソボソ言っています。私はフラフラと鏡を持ちながら弟の部屋に再度行き、「やっぱり丸よねえ」と言うと、弟は「丸と良いのは、ぽっちゃりしていて、可愛いということだよ~。」「だってさっき、アンパンマンだって言ったじゃない」「違うって~」と、母ちゃんと適当に私をあしらう始末。う~~~ん。確かに丸いのは仕方なし。

 結局昨夜は、ゴキブリの太郎騒動と、丸顔のショック騒動で、夜中の3時まで眠れなくなってしまいました。まあ、丸顔ショックはほとんど冗談のようなものですが、一度覚醒してしまうと、なかなか寝付けないものです。今日はよく眠りたいなあ。あ、ところで太郎ですが、今朝廊下にフラフラと出てきたところを、弟が捕らえました。とさ。

2年ぶりの再会

 今日は昼間、たった一時間とちょっとでしたが、大学時代の親友と、約2年ぶりに再会しました。私が結婚して、旦那の転勤先の北陸に引っ越す前に会った以来。その後、私は何回も東京の実家に帰ってきてはいても、私が入退院を繰り返したり、彼女も入院をしたりと、お互いに体調的にも、またプライベートな部分でも、なかなか会うことが出来ませんでした。今回は、何とかして会いたいと思い、彼女が用事があって、一時間だけ空いているその間に、私が彼女のいる場所まで行って、お茶をしました。

 会うことは難しくても、メールや電話では、常に連絡しあっていて、月に一度はほぼ確実にメールします。相手の体調やら近況報告、悩み事、様々なことで。大学時代から約20年の付き合いです。大学の4年間は、学校にいる間、授業が違う以外は、ほとんど一緒にいた親友です。サークルも一緒でした。しかし、性格的には反対の部分が多く、だからこそ、長い付き合いになっているのかもしれないです。私が下町姉御肌タイプなら、彼女はお嬢様タイプ。学生のころから、可愛くて、甘えるタイプで、ファッションやお化粧にもとても興味があり、おしゃれ。だけど、子供のころから、いろいろな経験もしていて、傷ついている心も持ち合わせていて、人に対してとてもやさしい。大学のころは、だいたい私が励ましたり、話を聞いたりしていたことが多かった気がします。

 ところが、彼女はここ10年でお母さんになり、とても精神的に強くなったと、私は感じています。私とは違う、たくさんの経験をしていて、今では、私が相談にのってもらうことの方が、多くなりました。病気のことでお互いに支え合い、大学の卒業旅行で行ったパリとローマへ、もう一度二人で行こう、というのが、私たちの熟年の夢です。それまでは二人とも、病気と共存しながら、何とか暮らしていこう。辛いことや哀しいこととか、たくさんあるけど、その度にメールや電話で励まし合い、熟年旅行への夢に向けて、また頑張っていこうと、言い合います。なかなか会うことも今は出来ないけど、私が旦那の転勤で東京に戻ってきたら、もう少し会えるようになるよね、将来はもし、お互いの旦那が先にあの世(すみません)に行ってしまったら、近くに住んでお互いの家を行き来しよう、とも話しています。

 2年ぶりにあった彼女は、2年前と外見的には、本当に変わっていませんでした。大変若々しく、おしゃれで、綺麗にお化粧をしていて、とても可愛らしい。最近、ファッションやお化粧に再度目覚めた私は、しばらく前から、彼女にメールで、どんなファッション雑誌で研究すればいいか、どんな化粧がいいのか、など相談していました。今日も、悩み事の話から、化粧品の話しまで、わずか一時間ちょっとでしたが、本当に彼女に会えて良かったと思います。そんな友人がいて、私は幸せ者です。今度はいつ会えるか分かりませんが、その日を楽しみに、自分磨きもして、彼女に負けないよう(?)、若々しさを保ちたいと思います。

東京の景色

 昨日は、友人と東京駅の前(というのか周囲というのか)にある、丸ビル35Fのレストランへ、ランチに行きました。ちょっと遅いランチでしたが、店内はお客さんでいっぱい。特に女性が多かったです。以前、私の親友が連れてきてくれたお店で、窓際に座った時の、外の景色に感激して、また来ようと思っていたのです。今回も前回と同じ、窓際の席でした。昨日は晴れていましたので、すばらしい眺め。その景色にまた感激しながら、さらにお料理も大変美味しいので、最高なランチでした。

 私は東京生まれの東京育ちで、最初の結婚で長野に住みました。そして離婚して東京に帰ってきたとき、東京の景色のすばらしさに始めて気付いたのです。長野県では野や山、自然のすばらしさと知りました。空気のさわやかさ・透明感、夜空の星の綺麗さ、本当に流れ星が普段でも見ることが出来ました。私の住んでいた所は、標高が多分500メートルくらいあったでしょうか。空が近く感じるのです。山で取れる山菜、タラの芽、松茸、親戚が飼っている鶏の産み立ての卵を、卵かけご飯にして食べたときのおいしさと言ったら、本当に言葉では表せないほどでした。そんな自然のすばらしさは、旅行だけでは知ることが出来ないことでしたので、6年でしたが、長野に住むことが出来て良かったと、本当に思っています。だからこそ、東京に戻ってきたときに、東京の良さを、改めて始めて知ったのです。

 今の旦那と付き合い始めたのは、離婚して10ヶ月ほどしてからでした。旦那は車が大好きで、私たちは最初から、デートはほとんど車移動でした。夜、旦那の(当時は彼)車の助手席に乗って、首都高速を走ったときの、東京タワーのイルミネーション。レインボーブリッジの綺麗さ、お台場の街の夜景、ため息が出るほどの美しさです。天気がよいときも、雨の時も、その時々に東京の夜景は綺麗でした。私は東京で生まれ育ったのに、そういうことには気付いて無かったのです。もちろん、空気が悪いとか、騒音がするとか、いろいろと公害的なこともありますが、そういうことにちょっと目をつぶって、感じたままの感想が「東京はきれいだ」ということでした。

 私の実の弟は、青山にあるビルの最上階のレストランに勤めています。もう何回も行っていて、夜景のすばらしさは、もちろんよく知っています。汐留のビル街の高層階にあるお店などの夜景も、知っています。夜景が綺麗なのは、さすがに長野から戻ってきて6年もたてば、よく分かっていたのですが、実は、昼間の景色も、東京はすばらしいのです。それが昨日行ったお店で、知ったことなのです。最初に親友に連れて行ってもらった時の驚きと感激は、忘れられません。昨日もすばらしい眺めでした。きっと夜景も素敵でしょう。たぶん、夜はカップルが多いかもしれません。でもぜひ、東京の昼間の、高層階からの景色もすばらしいことを、多くの人に知って頂きたいなあ、と思いました。もちろん、ビルがたくさんですが、そのずっと先の方に、天気が良ければうっすらと様々な物が見えます。昨日は、観覧車が見えました。方向的にはもしかして東京ディズニーランドか、葛西臨海公園か。もっと空気が澄んでいれば、遠くの方に山も見えるでしょう。東京には東京の景色のすばらしさが、昼間も夜もあります。観光だけでなく、景色をゆっくり見ながら、美味しいお食事もお勧めです。

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