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高齢について考える

 私の父方の祖父母は、今年で87歳と88歳になります。(多分、今年で。去年かな。)母方の祖父母は、母が若い頃すでに亡くなっているため、写真でしか見たことがありまん。母親の母は、写真の中で、日本髪に着物姿で、煙管を持っていました。粋な人です。

 さて、元気に暮らしている父方の祖父母は、本人達いわく、元気ではありません。さすがに体のあちこちが痛いらしく、祖父は数年前に心筋梗塞の軽い症状を起こして、入退院しました。祖母のほうはその看病と、祖父の甘えともいえるわがままぶりに、ヘトヘトになってしまったようです。その後は、今のところ大きな発作もなく自宅で自営業をしているので、まだまだ現役で仕事をしています。一時は病気のこともあったのでしょう。祖父はちょっと老人性の「うつ」も発症したようですが、ここ半年くらいは私が帰省した際に顔を出して話をしても、そのような雰囲気は感じられません。祖父よりも祖母の方が、老人性の「うつ」になってしまったようです。

 祖母に関しては、昨年後半あたりから、東京の母親から話を聞いていて心配していました。12月上旬に帰省したときに母親と一緒に顔を出したら、私を見たとたん泣き始めました。びっくりです。最近は、母親が顔を見せても、叔母が顔を見せても、泣いていたそうです。祖母は自営業でも店にいることが最近少なくなって、一人で部屋にいることも多いそうなので、ふさぎこんでしまうのでしょう。父親の弟夫婦と一緒に住んではいますが、自宅ビルの3階と4階に別れて住んでいるので完全同居ではないのです。一人きりになるといろいろな事を思い出しては、悲しくなってしまったのでしょう。まだ30代の私でもそんな傾向があるのですから、88歳になる祖母はきっと余計に落ち込んでいたと思われます。

 とても勝気な祖母でした、昔は。うちの母親と喧嘩して、私たちは同居していたのに追い出された状態で別居しました。あまり一般的に言われている、祖父母の「目に入れても痛くない」状態の愛情は私や弟は受けませんでした。自営業でしたので、いつも忙しく厳しい祖父母でしたから。しかし88歳にもなると、そんなことはどうでもよくなってしまうものです。だいたい本人が覚えていないことが多いのですから、こちらが覚えていて根に持っていてもダメです。それよりも高齢になって、「うつ」になって、沈んでいたり泣いたりしている姿を見ているほうが悲しい。「長く生きても仕方ない」みたいなことを言われると、本当に困ってしまいます。これからの自分の将来も考えます。ますます医療が発達して、長生きできる可能性は多いです。ましてや私なんか病気を持っていて、数ヶ月に一度は検査していますから、こういう人間は結構、長生きできそうです。祖母の姿を見ていると、私は祖母の年齢になって何をしているだろうと、考えてしまいました。

 そんな祖母も、年末に会ったときには随分と明るく、しかも先週の土日には、うちの母と父の姉である叔母と、3人で温泉旅行に行きました。とても笑いのたえない、楽しい旅行だったそうです。そういう風に、楽しいことを一つずつ増やして、毎日送って欲しいと願っています。20数年前に喧嘩して追い出した嫁と、今では仲良く旅行に行ってしまうのですから、人生って分からないですね。

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