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久し振りに「シャ乱Q」を見て

 今年のブログも今日が最後になりそうなので、もう一度、今日の「レコード大賞」を見ていて思ったことを書いておきます。明日は大晦日で、お祖母ちゃんの家へ行ったり、うちでの年越しと、忙しさで書けないと心残りなので。

 今日、今、放送している「レコード大賞」で、昔のレコ大を振り返る映像があり、その最後に現在の「シャ乱Q」が「ズルい女」を歌っている姿を見て、正直「もったいないなあ~」と思ってしまいました。もしかして、つんくさんの声が少し低くなっているのかもしれませんが、つんくさんの声というのは、なんとも言えないセクシーさというのか、裏返る声が非常に個性的で、ファンの方はまたそれが良いのではないかと思うのです。プロデューサーとしても大変な才能がおありなのだと分かっているのですが、歌わないともったいない。以前、私の知り合いの方で10歳ほど年上の女性が、シャ乱Qの大ファンで、特につんくさんの声が最高だと言って、コンサートも良く行くと言っていた方がいました。そういう女性ファンも方もまだまだたくさんいらっしゃると思うのです。何か、体の具合でも悪いのなら無理してほしくはないのですが、もし大丈夫なら、ぜひつんくさんは歌って欲しいですね。レコ大を見ていてそう感じたので、思わずブログに書いてしまいました。

東京への帰省・車で6時間

 昨日、旦那の同僚夫婦と、一台の車で6時間かけて富山から東京まで帰省しました。おかげさまで運転せずにすみまして、後部座席でゆっくりしていたわけですが、私にとっては長時間の同じ姿勢が、結構辛いのです。なぜかベーチェット病というのは、血栓が出来やすいらしく、一応予防する薬(EPAですね)を飲んでいるわけで、同じ姿勢でいるとエコノミー症候群になってしまう可能性もないわけではないのです。それほど大げさに考えなくても、次の日に影響は間違いなくあり、首から背中にかけて痛くなってしまうのです。ですから、何とかしてゆったりと出来るだけ体に力が入らず、首も背中も足も動かしたりしながら、車に乗っていました。昨日は今までの経験の中で一番、体に影響が少なかった乗り方だったようで、今日はさほど首から背中にかけての痛さや凝りはなくて一安心でした。

 後部座席での昨日の乗り方は、本来なら非常にお行儀の悪い格好なのですけど、それが良かったみたいです。まずは、運転者の旦那と同僚の二人が、運転を60㎞位で交代していたので、そのうちの何度かはトイレ休憩や食事で車から降りて、歩いたりついでに体を少し動かしてみたりして、それで体をほぐし、さらに車の座席に座っているときはなんと、あぐらをかいたり、横座りをしたり、普通に足を降ろして座ってみたり、また首を上下左右に動かしてみたり、結構小刻みに体を動かしていました。意識的にそのようにしてみたのですが、お行儀の悪さを考えて遠慮する仲間でもなかったので、自由に乗って、試してみたのが良かったみたいです。

 それにしても車で約6時間の乗車は、運転者も疲れますし、乗っているだけでもやっぱり結構疲れます。私のように病気でなくても、同じ格好でずっと座っていたら、足もだるくなるでしょうし、それこそ本当にエコノミー症候群になる可能性だってあります。気を付けましょう。長く電車や車に乗る方は、私みたいにちょっとお行儀悪くても、姿勢や体勢を変えたり、休憩をとって歩いたりして体を動かすようにすると、次の日への影響も随分と違います。それにしても、今回も無事に、しかもスムーズに帰って来られて、運転者と神様に感謝です。ありがとうございました。

「愛の迷宮」最終回

 毎日楽しみに見ていた、お昼のドラマ「愛の迷宮」がいよいよ今日で最終回。これを書いているのは午前中ですので、最終話がどのようになるのか、ワクワクして待っている状態です。

 タイトル通り、迷宮になってしまっている、それぞれの登場人物の愛。これぞ昼ドラ。ちょっとバカらしい、アホらしい、こんなことあるわけねえー、まじめに演じてる役者はどんな気持ちだ、見ているこっちが恥ずかしい、なーんていろいろな感想もあるかもしれませんが、本当、一度昼ドラを一週間見てみてください。はまります。気になってしまうのです。これって、やっぱり、現実ではなく、あまりにも大げさなストーリーに、自分に重ねることもなく、ただ興味が沸いてきて見てしまうのでしょうか。今回の「愛の迷宮」はなんと言っても、保阪尚希さんの独壇場。誰が主人公だか分からない状態。最初に妻役で出ていた、宮本真希さんは物語の前半で亡くなっているので、結局は保阪さんの役が全体を通してのキーパーソン。しかし彼は演技が普通の人とはちょっと違います。

 保阪さんといえば、二枚目俳優の印象でしたが、どのドラマだったか、「踊る大捜査線」か何かで悪役をされたんですよね。それが、あまりにはまり役で、二枚目の人がたんたんとした悪役を演じると、こんなにもゾッとするほど怖いんだと始めて思いました。以来、保阪さんの演技は注目しています。ただ、プライベートな部分と、トーク番組に良く出るようになったので、中々俳優としての活躍は見られなかったのですが、今回の昼ドラ出演で久しぶりに、そのひょうひょうとした演技を見て、ちょっと怖くなりました。この人はうまいのか下手なのか、これが持ち味で、ちょっと変った演技をする貴重な俳優だと思っています。

 さて、迷宮からそれぞれの登場人物は、出てくることが出来るのでしょうか。本当にあっちもこっちも血のつながらない子供達の登場でびっくりしてしまいましたが、まあ昼ドラだからいいか、って感じでとうとう最終回。楽しみです。しかし、本当は、現実の恋愛やら結婚生活のほうが、はるかに泥沼であり、迷宮であることは間違いありませんよね。これが単なるドラマだったらどんなに良いかと思うことも、現実には起こります。まあ、「愛の迷宮」ほどもつれることは、中々ないとは思いますが。

時代小説にはまってます!

 ブログでも何度か書きましたが、私は時代小説が好きです。本は、その時の読みたい気分で、読みたいジャンルを選んでいるのですが、今は、時代小説な気分。

 先日読み終えた、山本一力さんの「あかね空」は、とっーても良かったです。今さら何を、と時代小説ファンの方はお思いでしょう。でも私にとっては新しい作家さんとの出会いでした。京都から江戸に来た豆腐職人の、親子二代に渡る物語なのですが、これが本当に、人物設定が丁寧。特に主人公の奥さんの様子には、本当に驚きです。今まで読んだことのあった、池波正太郎さん、山手樹一郎さん、司馬遼太郎さん、その他どの作家の女性の描き方よりも、リアルな女性像で、胸の中にズドンと落ち込んでゆくような印象とでも言うのでしょうか。人間は、その状況に応じて変わっていくものですが、それが「あかね空」に出てきた女性を通して描かれているのです。男性の主人公より、私はその奥さんの変わりように、本当の女性の話を読んでいるようでした。

 「あかね空」の作者の山本一力さんは、どうやら離婚歴がおありのようで、さらに女性関係のもつれも、どうやらご経験済みのようです。そういった経験が、作家として女性を描くのに、よりリアルに書けるのでしょうか。私は高校生の頃に、太宰治の「女性徒」という本を読み、「こんなにも女の人のことを分かっている男性がいるのだな」と驚き、感心した覚えがあります。それ以来の驚きでした。

 さて、今は宇江佐真理さんの「髪結い伊佐次捕物余話シリーズ」にはまっています。この方も、本当に素敵な風情のある時代小説をお書きです。主人公の恋人である「お文」という芸者さんが、私の憧れの女性。この本についてもまた機会がありましたら、書いてみたいです。

年末のスーパー

 クリスマスが終わったら、もう年末&お正月の準備。本当に不思議ですよね。翌日からクリスマスの「ク」の字も残っていないような印象の街中。それにスーパーなんかは、年末とお正月の様相。午前中に行ってきましたが、すでに少しずつお正月に向けて、何となく商品の価格が高い物がありました(まだまだいつものお値段でしたけど)。これから年末カウントダウンと共に、お値段はカウントアップ?していくのでしょうか。少なくとも、都内に住んでいるときはそうでした。

 今日、スーパーに行って一つしっかりと、都心と違う部分を発見しました。それは、富山のスーパーでは、「かまぼこ」が正月に向けて高くなっていない。東京に住んでいるときは、クリスマスが終わると、あっという間に正月商品で店内はいっぱいになり、その上、ほとんどの正月商品は高くなりました。板付きの「かまぼこ」も例外ではありません。いつものかまぼこより、少し豪華にアレンジしてある(色とか文字とか)物で、やはりお正月には必要だから買ったこともありました。しかし、今住んでいる富山は、「かまぼこ」が特産品のようになっています。昔から「かまぼこ」が身近にあり、結婚式の披露宴などお祝いの場では、引き出物に鯛の形をしたかまぼこなどが入っているそうです。そして、今日はスーパーで魚の形をしたかまぼこも売っていました。いわゆる板付きの物は基本的になくて、ふつうに長方形の角を丸くしたような形のかまぼこも、いろいろありましたが、特に正月にむけて値段が高くなっているようには感じませんでした。

 その土地によって、いろいろと食べ物や飾り物も違いますし、お値段も違いますねえ。今年はもうスーパーに行く予定はなくて、29日には東京に帰省してしまいますが、東京ではきっと年末も押し迫った頃なので、食品関係は野菜などもお値段が高くなっているのだろうな。

 さて、これを書いている途中で、いつも見ている昼ドラマが始まり、それを見てからまた書いているのですが、ほんとに昼ドラは、「どうしてこんなところで終わるのよ~、きになるじゃない~」と言うところでいつも終わってしまいます。もうあと二日で最終回なのに、物語は終わるのだろうか。「愛の迷宮」は迷宮から抜け出ることがができるのでしょうか。また明日。

クリスマス☆

 今日はクリスマス。今、これを書いているのは夜の8時半過ぎ。旦那は今夜は忘年会で遅くなり、私は一人のクリスマスを過ごしています。

 過去を振り返ってみて、何だか今年が、ここ最近のクリスマスでは一番のクリスマスでした。旦那とは特に何のイベントもなく、イブイブの23日に近所の美味しいフレンチのお店で、約1時間半、食べて食べて食べまくったディナー。しかもクリスマス特別ディナーとかではなく、とにかく食べたい物を好きなだけ、という自由形式。時間も午後6時という早い夕食。まだお客様もいなくて、店内がこじんまりとした感じの、美味しい店なので、カウンターに二人で座って、約1時間半をシェフを休ませることなく頼みまくって食べたディナーでした。相手が旦那なので、飾ることなく、気兼ねなく、食べることが楽しいのが嬉しいのです。パテやスモークサーモンのサラダから始まり、白子のムニエル、ゴルゴンゾーラのニョッキ1.5人前、パン、子羊の肩肉何とか、さらにウニのクリームパスタ。それにスパークリングワインハーフボトル。食べすぎでしょうか。

 さて、イブの昨日の夕食は家でゆっくりとカレー。三連休最終日で、翌日から今年の仕事の最終週なので、旦那も挨拶周りに忙しいようなので、特にイベントなし。プレゼントの交換も私たちはありません。旦那の母からプレゼントが届きました。

 今夜25日クリスマスの夕食は、私一人。昼間は三連休明けで部屋の掃除やら何やら家事で動いたので、今夜は近くにあるレストランチェーンの「サイゼリ○」で一人クリスマス。思い切り食べて、1000円ちょっと。たまには一人もいいものです。店内のお客さんは、家族やらカップルやら、これからお店に行くちょっとあやしいカップルとか、結構多かったです。

 過去を振り返ることが時々ありますが、それで特に何になるわけでもありませんけど、ふと思い出します。去年は、約一ヶ月の入院から退院した頃。一昨年はまだ北陸に引っ越してなくて、三連休で金沢に住んでいた旦那のところに泊まりで来てました。その前の2年間は、今の旦那と銀座で待ち合わせて食事。その前は、離婚した年で、何をしても何があっても寂しい気持ちのクリスマスでした。いろいろな思い出があります。今年が一番、気持ち的にも落ち着いた、楽なクリスマスでした。夕食を食べに出かけただけのことでも、体の調子もそこそこ良く、旦那とゆっくり過ごせたことが一番。これはもしかして、幸せなのかもしれないと、そう感じました。

忘年会と体調

 先週の金曜の夜に、旦那の仕事関係の方から忘年会へのお誘いを受け、行ってきました。一次会は、今はやりの「もつ鍋」のお店。大衆食堂みたいな雰囲気の店内に、あっという間に座敷もテーブル席も満席状態。店員の方たちのフレンドリーな応対にも、私にはどこか、故郷近くの浅草・下町のイメージがして、とても親しみやすかったです。思い切り鍋を頂いて、美味しくて体も温まり、話も弾むし楽しいし、その後は二次会へ。二次会はまた全く違ったジャンルのお店で、おしゃれな、デートで使われそうな感じのレストランと言うか、バーラウンジというか。そこへ移動して、ワインやらおつまみやら、私はアルコールは控えめにして、そのお店ではケーキなど頂きました。

 一次会二次会と移動時間あわせて、約5時間くらいの忘年会でしたが、楽しくて体の疲れも感じませんでした。社会生活から遠ざかってしまった私が、そういった忘年会に呼んでいただけるだけで嬉しいのに、しかも旦那が、大変信頼している方だったので、私もある意味、気兼ねなくお話したり食べたりできました。

 しかし、やはり「楽しい疲れ」みたいなものは、翌日・翌々日にやってくるものです。首から肩にかけてがパンパンに痛くなってしまいました。動けないわけではないのですが、寝ていると首を動かすのも痛い。お風呂でお湯があたっても痛い。でも、家事は少し出来る。動いたりお風呂で温まったりした方が、調子がいいような気がする。なんだか分かりません。とりあえず、あまり深く考えずに、「まあ、疲れが出てきたな」程度に考え、無理せず出来ることだけして、痛さが収まるのを待とうと思います。最近、病気のこともあまり深く考えすぎずに、疲れたら休む、を基本に生活していこうという風になってきました。だって楽しいことを我慢する方が精神的に悲しいですから。ちょっと楽しんじゃって、後で疲れたら休み、この方法でこれからもいろいろと楽しんでいきたいと思っています。

 そうそう今夜はクリスマスイブ。うちは今夜は家でゆっくり、カレーです。

携帯電話の使い道

 DoCoMo2in1ライフスタイルキャンペーンに参加しているので、今日のブログでは、携帯電話のことについて書いてみたいと思います。このキャンペーンは、ブロガーに対して案内がきていまして、私たちブログをかいている人間が、ブログを見に来てくれた方々に、キャンペーンを紹介するわけです。ただ、これが結構便利な、携帯電話のシステムなんですよね。http://2in1-cp.com/beacon/016.gif

NTTDoCoMoの「2in1」という、新しいサービスなのですが、一台の携帯で二つの電話番号とメールアドレスが持てる、というサービス(使用料が発生します)。こういうシステムは、今まで他社さんの携帯でもありましたっけ?私の記憶では、ないような気がするのですが、どうでしょうか。

 以前、勤めていた会社で、会社用の携帯電話の支給が打ち切られ、個人用の携帯電話を会社用にも使用し、その際に、会社の用事なのかプライベートの用事なのか、電話番号を発信する前に何か数字を入れてから発信すると、使用料が会社用と個人用と別れて請求がされる、といシステムを導入していました。これはこれで仕方のないことなのかもしれませんが、会社の携帯電話を持っていた営業担当の人達は大変そうでした。それを考えたら、今回の「2in1」というサービスは、請求書も別送可能ということなので、随分と進歩したサービスだと感じました。私の率直な意見ですが、今、様々な会社が経費節減を考えていると思います。多分、会社用の携帯電話を支給している企業もまだまだありますが、これ、もし個人用にもNTTDoCoMoの携帯だったら「2in1」のサービスを使ってください、というお達しが出ることも考えられますよね。まあ、このサービスはいろいろな使い道がありそうなので、今の携帯電話競争の時代、一歩先に進んだサービスだな、と感じました。興味のある方、ぜひ一度サービスの内容を確認してみてください。http://2in1-cp.com/blog/016

作家「山本文緒」さん

 三日連続でテレビ番組のことなのですが、昨日、NHK教育で、午後8時からの福祉ネットワークという番組だったでしょうか。作家の山本文緒さんが「うつ」であったという、そのことでのトーク番組を見ました。

 驚きました。山本さんの作品は、何か1冊読んだような気がします。でも何であったかは、覚えてません。しかし、昨日番組を見ていたら、今年仕事を再開するまで、3年間休業していたというではありませんか。分かりませんでした。しかも「うつ病」はすでに90年代後半に発症していて、入院したりしていたけど、病院から入院生活のエッセーみたいなものを書いていたというのです。症状がひどくなって、仕事を休んで治療に入ったと言うことでした。

 書いてない自分は自分ではないと思っていた、みたいな事を言ってました。だから病気になっても書き続けた。でもいよいよ書けないくらいになってしまって3年間休業したそうですが、結果的にはそれが良かったそうです。きっと「うつ」になる方というのは、「これをしなければいけない」とか「こうしていなければ自分ではない」というような観念にとらわれているというか、それで自分が成り立っていると言うか。だから体も心も酷使して、気付いたら「うつ」になってしまうのかもしれません。山本さんは番組のなかで、書いていなくて、ほがらかに生きている自分も自分である、みたいなことに気付いたような認めたような、そんなことを話されていたと思います。

 そうなんですよね、何もしていなくても自分である。たとえ昔、どんな仕事をしていても、今の自分も自分であって、今はこれが私なんだと受け入れれば、気持ちは楽になりますよね。私自身がそうですから、よく分かる気がします。今はこれでいいのだ、と思ったら、この生活も楽しもうと思うようになりましたから。そして、こんな自分を認めてくれるパートナーが現れたら、一緒に生活すればいいわけです。それでその人と楽しく生活できれば、さらに良いですよね。昨日の山本さんの、一つ一つ言葉を選んでの、ゆっくりとした話し方と内容に、大変共感し、また感動した私でした。

沢口靖子のドラマ

 ここ二週間くらいで、久しぶりに沢口靖子さんのドラマを見ました。まずは、3回の連続ドラマだったNHKの「ひとかた流し」。沢口靖子演じるテレビキャスターの女性が、やっとつかんだメインキャスターを務める前に、乳がんだと言うことを知り、キャスターを降板して、自分の人生を見つめなおしながら、二人の親友との友情を描いた作品でした。これは二回目から見たのですが、何だか自分と重ねて(私は乳がんではないのですが)、しかも私にはドラマで出てきたような親友もいますので、とても見入ってしまったのです。涙で次の日には、起きたら瞼が膨らんでいました。

 昨日は、本当に久しぶりの二時間ドラマ。沢口靖子さんが二時間ドラマに出演するのも、めずらしいような気がするのですが、しかも松本清張作品で、何となく悪女的な役。昨日はめずらしく旦那も早めに会社から帰ってきて、夕食を食べた後、最初からその二時間ドラマを二人で見ることが出来ました。

 沢口靖子さんは本当に綺麗な方のようですね。大学の同級生があるホテルチェーンに勤めていて、そのイメージキャラクターが沢口靖子さんで、撮影で見たことがあったそうですが、あまりに綺麗で、オーラが出ていて、近寄れなかったらしいです。昨日もとても綺麗でしたね。悪女かと思いきや、本当はご主人の才能を信じて、大切にするあまり、大胆な行動に出てしまう女性の役で、元は銀座かどこかのホステスさんだったと言う設定。最初のシーンでの和服姿なんて、本当に素敵でした。

 昔は、演技としてはちょっとどうなのかな、なんてイメージでしたが、女優さんですから、まずは綺麗で、その上に役をこなしていくうちにどんな人でも上手になっていくものです。続けて2本のドラマを見ていて、この人は上品な綺麗さで、うまいのか下手なのか良く分からないけど、昨日のドラマなんかでは、感情的に叫ぶセリフも表情も、何年も女優業をしてきたからこその演技で驚きました。久々に二時間ドラマを見られた嬉しさと、沢口靖子さんの綺麗さに、ちょっと良い気持ちになった夜でした。

「風林火山」最終回

 一年間、一度も見逃すことなく毎週楽しみにしてきた、NHKの大河ドラマ「風林火山」が昨日最終回を迎えました。好評だったとの事で、一回延びての最終回と、どこかで聞いたか見た覚えがありましたが、本当に見ごたえのあるドラマでした。

 主役の山本勘助役の内野聖陽さんは演技が上手で、本当は二枚目のとてもやさしそうな方なのに、あんなにくせのある役を見事に演じました。しかも、勘助の若いときから、確か勘助は亡くなったときには60代だったと思うのですが、やはり力のある役者さんは違いますね。原作にはない設定をすることで、さらに勘助の性格的な部分も細かく練られていて、以前NHKのお昼のトーク番組に、板垣役の千葉真一さんが出演して「脚本がすばらしい」とおっしゃってましたが、その通りだと思いました。

 武田信玄役の市川亀治郎さんは歌舞伎界の方だから、演技が上手なのは予想していましたが、やはり歌舞伎の方は独特な表情の作り方と話し方で、目立ちますね。女性陣の出演者もとても良かったと思います。柴本幸さんは、このドラマが初出演だと言うことでしたが、大変上手に由布姫役を演じていて迫力があり驚きました。あとは、それぞれ書きたいことはたくさんありますが、何といってもガクトさんの出演が最大のサプライズでしたね。

 ガクトさんは上杉謙信役(劇中では、長尾景虎・上杉政虎)でしたが、今、歴史上に残っている書物などの謙信像とはあまりにも違っていて、これから私の中でのイメージは、上杉謙信はガクトさんでしょう。何キロか太ってから撮影にのぞんだとのことで、貫禄もあり、さらにミュージシャンだからなのか、発声もしっかりしていて、驚きました。時代劇の声の出し方と言うのは、ちょっと違うと思うのです。低い声もしっかりとよく通るような発声でセリフを話さないといけないので、普通の人にはできないと私は考えています。ガクトさんは見事に腹の底からの声を、随所で出していましたし、あの表情の演技も素晴らしかった。

 毎週楽しみにしていたドラマが、年末になると一つずつ終わっていきます。今年も終わりだ、とつくづく感じてしまいます。大河ドラマに関しては、来年の「篤姫」も非常に楽しみにしていて、すでに原作は読み終わっています。再来年の原作を、そろそろ読みたいと思っているところです。「風林火山」の最終回を、無事に富山の自宅で見られてことに感謝しながら、今年もあと二週間です。

元気でいたい

 私は、ベーチェット病という、難病です。約2年半前に発病して、去年、一昨年と、合計5回入退院を繰り返しました。しかし、いずれも症状はそれほど重くはなく、1週間・10日間で退院というのと、去年の今頃のように約1ヶ月という入院もありました。この病気は(どの病気もそうだと思いますが)、本当に個人差があり、主治医の先生もいかに臨床経験が豊富かで、対応も様々のようです。私の場合は、運良く、ものすごい教授とか、内科部長、とかではなく、本当に現場を多く担当している先生で、何より患者の話を良く聞いてくれて、また分からないことに対しての質問にもよく答えてくれます。その上に、私の体調を診て、薬の投与、種類を考えてくれ、治療の仕方も考えてくれます。そういう先生に出逢えて、本当に良かったと、感謝しています。

 今年一年、このままですと入院せずに何とか大丈夫な状態で、それでも一年の間にはいろいろな事がありました。5月から6月にかけては「うつ」の状態にもなりましたし、今も悩んでいるのは、やはりこれから先の、この病気との付き合い方です。しかし、ここ数ヶ月思っていたことがあります。今週の月曜に病院へ行って、主治医に相談したときにもアドバイスを受けましたが、どうしてもどこかへ外出したり旅行したり、少し動きすぎると、疲れてダラダラになってしまって、その後何日も疲れがとれません。どうしたら良いのか先生に相談したら、「じゃあ、旅行も行かなければいい。でもそんなのイヤだろう」と言われました。その通りイヤです。そうしたら、行きたいなら、無理ない程度に行動して、疲れたらダラダラしながら寝たり起きたりして具合が良くなるようにして、でまた動けるようになったら動く、その繰り返しだということになりました。そう言う風にして、日常生活も送っていくしかない、そうしているうちに自分でももっともっと自分の体のことが分かってくるのでしょう。もしかして少し無理をしすぎたら、また入院かもしれません。でもそれはなってみないと分からない。もちろん、常に体調には気をつけて、無理はあまりしないようにするつもりですが、遊んだり、楽しんだりするときは、周りの人が私が病気を抱えていることが分からないくらい、元気に楽しんでしまえ、と思うようになってきました。現に、東京に戻ってきて、友人などに会っていると、自分の病気のことなど思い出さないほど、楽しく話せて楽しい時間を過ごせます。しかし翌日はちょっとダラ~ンとしていないとダメですが。でもそうやって、自分が、元気でいたい、元気でいられる、そう言う時間が持てるときは、元気で明るくいようと、心に決めました。後は、次の日に疲れて一日ダラダラしていても、そうこうしているうちに、何となく回復してくるのなら、せめて楽しみにしていた外出や友人との再会の時は、元気で明るい私でいよう、と決めました。その方が、楽しいもん。私も一緒にいる相手も。私は自分が根暗だと、ずっと思っていましたが、私と一緒に飲んだり食べたりしてくれる人は、私といると「楽しい」と言ってくれます。自分では気付いていなかったのですが、どうやら私は明るいみたいです。なら、病気のことでいつも悩んではいるけれど、せめて楽しく過ごしたい時間くらいは、明るい私、元気な私でいようと、昨日はっきりと決心しました。これからの自分がちょっと楽しみ。少し変わるような気がします。

安住の地って。

 実家に帰省していても、毎回だいたいそうですが、寝付きが悪く、寝不足気味です。本当は親の所にいて、気持ち的にも楽で、友人とも会えて、ストレス発散も出来て、精神的には良いはずなのですが、どうしても寝るときになると「今夜は寝付きがいいかなあ。寝られるかな。」なんて思ってしまいます。

 いつも寝ているベッドと違うとか、枕が違うとか、毛布や布団が違うとか、考えればいろいろ要因はでてくるのかもしれませんが、そんなことを考えていたら、どこにも行けません。旅行はもちろん、じゃあ、実家に帰省もしない方が良いのか、ということになってしまいます。気分的な高揚、いつもと違う状況、様々な原因を探っていたら、じゃあ、安心して寝られる所ってどこなんだ、自分が安心して暮らしていける所ってどこなんだ、安住の地というのは、いったい自分にとってどこになるのだろうと、いうとろこまで考えてしまいます。

 安住の地、についてはいろいろと考えました。つい一年くらい前までは、もしかして女性にとっては、帰る場所や、戻る所、落ち着ける居場所、一生安心して暮らしていけるところなんて、ないのではないかと、思っていました。離婚経験者なら、いえ、結婚していてもその生活が不幸な状況であるなら、そう思う人は多分たくさんいるのではないでしょうか。「ここは自分の居場所ではない。」と思っている人、安住の地は私にはあるのかと思っている人。私も随分と悩みいろいろな本を読んだりしました。しかしある時、突然気付きました。「そっか、今、自分がいるところが、自分がいるべき所なんだ。」と。そこが今の自分にとっての安住の地なのです。実家に帰省しているときは、実家がその期間の安住の地。富山で生活しているときは、富山が安住の地。もしかして、また転勤になってしまって、違う地方に行ってしまっても、もしかして、まあ離婚して実家に戻ってしまっても、その時の自分のいる場所が自分の居場所で、安住の地であるのだと、そう気付きました。自分には居場所がないのではなく、自分がいる所が自分のいるべき所。そう自分で思ったら、大きな悩みが一つ解決しました。

 実家に帰ってきたときは、何となく寝不足気味で、寝付きが悪くても、そういうときもあるさあー、眠くなれば寝られるさー、くらいの軽い気持ちでいようと思います。寝付きが悪いことを深く深く考えすぎるから、さらに寝られなくなり、それがいつしか壮大な悩みにつながっていってしまう。もうそう言う風に自分を追い込むことを、なるべくしないようにしようと思います。

年内最後の検査です

 年内最後の検査に、帰省しました。年末年始では、やはり病院はやっていませんので、年内にもう一度検査しようと、今日病院へ行って来ました。

 前回の検査結果は電話で聞いていましたが、今日検査結果の用紙を主治医から頂き、再確認して、全体的にものすごく悪くはないけど、高値安定って感じだね、ということになりました。白血球も上限すれすれの高さだけど、特に症状は悪化していなかったし、間節痛の基準になるような数値はいつも通常の上限より3倍近いので、それもそんな感じでした。だからといって、時々痛くなるけど、痛くなったらロキソニン(鎮痛剤)を飲んで、様子を見る、安静にしている、という状態にしてみて、あまりにも痛くて仕方なければ、病院へ行く、そういうつもりで生活していくということで、OKだということになりました。今年は入院を1度もしていないので、何とか自分なりにコントロール出来たのか、たまたまそうなったのか分かりませんが、なんとかこんな調子で来年も入院せずに、出来れば症状もあまり悪化せずに落ち着いてくれていれば、先生と相談してステロイドであるプレドニンの服用の量を、減らせないかと思います。減らした途端に具合が悪化したらイヤなので、もう少し、あと半年か一年くらい様子を見て、相談しようと思っています。

 今年は11月下旬の二泊三日の旅行も出来ましたし、ただ帰ってきたから疲れが出てしまって、なかなか具合が戻らなかったので、そういう調整をどうしてゆくべきか、それが来年の目標です。ストレスもたまるので、できるだけ行きたいところは無理のない程度に行きたいけど、帰ってきてからの体調の調整をどうやっていくか、これが今後の私の課題です。

ボーナスはどうする??

 ボーナスの時期になりましたね。うちの旦那の会社も、ボーナスの明細が昨日でたようです。しかーし、夏に比べると30%くらいダウン。これってつらいですよね~。ただ、うちは子供がいるわけでもなく、持ち家を買っていてローンの問題があるわけでもないので、そういう意味では気持ち的に楽かもしれません。でも頑張っている旦那にとっては、悲しいですよね。会社の利益に対してのボーナスですから、いくら旦那が頑張って働いても、評価的にはもしかして良くても、会社の利益が悪ければ、ボーナスは下がります。しかも、年金やら税金やらボーナスからも引かれるものの多いこと。びっくりしちゃいますね。これで私たちがおじいちゃんおばあちゃんになって、年金受給額が減ったり、もしくは最悪もらえなかったりしたら、何のためにこんなにたくさん収めているのか分かりません。これからの高齢化社会で、みんなで支えあっていかなければいけないのは分かっていますが、どうか無駄にならないように使って欲しいと、本当に願います。

 さて、夏のボーナスよりも減ってしまった今回の冬のボーナス。どんな風に使うのか。うちでは昨晩、夫婦で会議しました。特に大きな買い物はないので、私が立て替えている分ですとか、欲しい化粧品2万円分くらいとか、私に関してはそんな感じです。あとは貯金をして(金額が決まっています)、それから来春の自動車税やら車の点検やら保険やらの費用を除いて、残りの分は旦那に一任しました。だって、毎月のお給料は、けっして多くありませんから、彼は彼なりにお昼ご飯を節約したり(本当はお昼くらい、好きな物を食べて欲しいのですが)、夏場はうちから水筒に麦茶を入れて持って行ったり、工夫していました。私は欲しい物があれば、そのつど交渉して、買ってもらったりしていますから、これ以上は今回はもういらないと思ったのです。お金に関しては旦那のほうがプロですので、きっと私のしらないうちに、自分で貯金しているのかもしれません。でもそれはそれでいいと思っています。私が知っている限りでも、私の使っていない通帳に二人の貯金はしていますから。本来なら奥さんがお金を管理しているケースが多いとは思います。私も一回目の結婚のときはそうでした。でも今は、毎月生活費を旦那からもらって生活しています。これはこれで楽です。それなりに節約もしていますが、基本的にものすごく大変辛い金額ではないので、あまることはありませんが、足りないこともあまりありません。あとは旦那を信用して、毎月、毎ボーナスの残りのお金に関しては任せています。多分、私は彼を、お金に関しては信用しているのでしょう。(お金に関しては)

 でも今回、お小遣いを私にくれることになりました。ボーナスが前回より少なかったので、お小遣いもいらないと言ったのですが、彼なりに気を使ってくれたようです。嬉しいです。しかし、私は自由になるお金が手元に入ると、昔から友人と飲み食いでパーッと使ってしまうくせがありますので、それだけはやめてね、と言われました。それだけはやめようと、一応思います。

イタリアンとフレンチ

 時々、近くのフランス料理のお店に、ランチをしに行きます。旦那の同僚の奥さんとも行きますが、旦那とも時々夜に食事をしに行ったりします。しかし、何といっても、ランチがお得。どこの地域でも、ランチタイムといったら、おしゃれなお店は、おしゃれに着飾った主婦の皆さん、奥様方が結構いらっしゃいますよね。私は残念ながら富山に知り合いがまだいませんので、ランチに一緒に行くのは、前述の旦那の同僚の奥さんと、周辺を散策しながら、美味しいお店を見つけたりしています。

 その、近くにあるフランス料理のお店は、一見、入っていいのか?と言う感じのこじんまりとした入り口で、中に入ってもカウンターで8人くらいと、4人席、2人席一つずつ、と店内も小さめ。シェフと助手の若いお兄さんの二人で経営しているようです。実は今日もランチに行ってきたのですが、イタリア料理店だと思っていたら、何とフランス料理のお店だったのです。行く度に、黒板に書かれたメニューが少しずつ違っていて、「変えてるの?」と聞いたところ、「ええ。今回はメニューからパスタをなくしました。フランス料理店だということをアピールするために」みたいなことを、シェフが言っていたのです。それで始めて、このお店はフレンチなんだと気付きました。確かに、メインが肉料理、魚料理と、結構なボリュームで、いいお値段ではあります。お味も以前、お肉料理を食べて中々美味しかった。しかし、うちの旦那が、ゴルゴンゾーラのニョッキがとても好きで、行くと必ず食べるので、パスタがなくなってしまったのが残念ですが、リクエストしたら作ってくれるますか?と聞いたら、OKのお返事を頂きました。

 クリスマスはぜひそのお店で夜に、二人でお腹いっぱい食べよう!と決めていたので、今日、ランチに行った際に早速、席を予約してきました。クリスマスの特別ディナーがあり、その中にニョッキは入っていませんでしたが、クリスマスディナーを予約するならニョッキを特別に入れてくれるとの事。ううううむ、悩みます。やはり特別ディナーですので、まあまあのお値段。でも美味しいのは何度も行っているから分かっています。今日はランチでハッシュドビーフを食べながら、特別ディナーか、アラカルトで単品を頼むか考えながら、ご飯の上にもったりとしたデミグラスソースに玉ねぎとビーフたっぷり、さらにその上に粉チーズと生クリームがかかった、とてもカロリーを考えたら食べられない、でも美味しくて食べ始めたらやめられないハッシュドビーフを完食しました。

 しかし、イタリアンとフレンチの区別がつかないのはどうしてかしら。この前から、旦那とも話していたのですが、どこかの雑誌にライターさんが、「イタリアンは前菜で楽しませ、メインはそれほどでもない。しかしフレンチは、前菜からメインに向かって盛り上がっていくメニューになっている」みたいなことを書いていました。なるほど、と思いながらも、それほどフレンチを食べた記憶がないので、まだまだ私には分かりません。でひ、今回、その近くのフレンチのお店で、クリスマスディナーを堪能してみたいです。旦那に交渉する予定です。

暖かい家

 ここ数日、北陸はまた天気が悪く、今日から明日にかけては雪の予報も出ています。気温も今日は、ぐっと下がって、午後2時の気温が4℃。雨はみぞれになってきたようです。雪になる前に、午前中に買い物に行ってきました。

 寒くなると、本当に暖かい家の中が嬉しくなります。先程も寒い外出から帰ってきたときに、暖房を切っていったにも関わらず、家の中に入ってきて、「うわあ、あったかい」と、つい独り言を言ってしまいました。さっきまで自分がいて、人の温かさと、まだ暖房の暖かさが残っていたのでしょう。それに、何となく、朝食やコーヒーの香りが残っていたり、雰囲気がふんわりとぬくもりがあるのです。

 寒い地方にいると、家の暖かさがそのまま、家族の暖かさにつながるような気がしてしまいます。一回目の結婚で長野に住んでいたときは、普通のアパートにいましたが、私のいたところは軽井沢に近く、冬は最低気温が本当に低いときは、マイナス13度とかになります。そうなると、普通のアパートだと、窓枠、ドアの周りが霜で凍りつき、外に出ればもちろん、外廊下は凍っていてつるつる。しかも上を向くと、屋根からつららが下がってきていました。今は富山にいて、富山はどうやらそこまで寒くなることはないようです。それでも、去年は雪の少ない年でしたので、今年は雪が多いのではないかと心配しています。こうして寒くなってくると、長野に住んでいたころを思い出し、昼間でも暖房を節約して、部屋の中でコタツに入りながら半纏を着て仕事をしていたのを思い出します。今は、マンションと言うこともあり、また富山ですので、窓やドアが凍りつくこともありません。寒くてもあまり我慢せずに暖房を入れています。寒さというのは、本当に心も体も寒くします。もちろん、節約しなければならないこともたくさんあります。ただ、暖かい家に入ってきたときの、あの幸せな感覚は、本当に嬉しいものです。できるだけ、何とか、家の中を暖かく、そして家庭も温かくしていきたいものだと、冬になると思うのでした。

「東京」が合図?

 昨日は日曜で、基本的に家にいました。旦那は、このごろ日曜にスポーツジムに通い始めたので、お昼くらいからジムに行き、私は旦那がいない間に、洗濯したり、洗い物したり、クイッ○ルワイパーで楽な掃除をしたり、ブログを更新したり。しかし、やっぱり、9時間近くゆっくりと眠ったにも関わらず、軽く家事関係で動いただけで、頭がちょっと痛くなって、首から肩にかけて痛くなってしまいました。出来るだけ、痛み止めを飲まないように我慢しているのですが、我慢していると痛いからイライラしてくるんですね。スポーツを終えてすっきりして帰ってきた旦那に、イライラをぶつけてしまうわけです。

 二人で暮らしていると、当たり前かもしれませんが、イライラしたり興奮したりした感情を、相手にぶつけてしまいます。ぶつけない人は、本当に人間ができているなあ、と感心してしまうのですが、私はダメですので、やってしまいます。そうすると旦那はたぶん、我慢しているのですよね。我慢すると言うか、彼はちょっと鈍感な部分があって、よほどカチンとくるようなこととか、自分が気に入らないこととか、自分も体調が悪いときでない限りは、ほとんど私の八つ当たりなど流してしまいます。昨日も、かなり八つ当たりしてしまいまして、寝る頃にはとっても反省したのですが、それに気付くには、キーポイントがあることにも気付きました。それは「東京」と言う言葉です。

 お互いに、「東京に帰ろうかな」「体調が悪いなら、東京に戻ったほうがいいんじゃないか」など、「東京」という言葉が出てくると、私は体調も精神的にも今一歩。旦那はそんな私の八つ当たりに、我慢の限界が近い。動けないほど悪いわけでもないけれど、頭首肩が痛い。薬も飲まずにがんばってるけど、どうもそれが旦那に八つ当たりする原因になっている。もちろん薬は飲まないで体調がよくなるならいいのですが、せっかくの土日の休みに、私の体調が悪くて、家にいても八つ当たりされまくる旦那は、可哀想ですよね。反省しました。そうそう毎日長い期間、痛み止めを飲まなければいけないくらいの痛さなら、普通ではないので即帰省して、病院へ直行ですが、そこまでではないのです。自分で調整して、二人で出来るだけ楽しく明るく暮らしていけるようにしないと、自分も嫌だし、旦那も嫌になってしまうでしょう。いくら感覚的に鈍感な彼でも。

 10月に検査に行って、もうすぐ二ヶ月がたちます。来週あたり帰省して病院へ行って、少し実家でゆっくりして、気分も変えて、また富山に戻ってこようかと考えてます。本当に自分の体とのお付き合いは、自分でも大変。若い頃はこんなじゃなかったと、後ろを振り返っても仕方ないので、これから先を見ながら、少しずつ体の調子を知っていきたいと思います。

離婚で興味が出た「美容」

 私の一回目の結婚が終わったのは、確か31歳のとき(すでにさだかでありませんが)。元旦那に恋人がいるとはっきり分かってから、わずか3ヶ月くらいで離婚しました。その間、別居していたのが約2ヶ月。不思議なもので、旦那に新しい女性がいると分かって、もう一緒にいられないということになったので、旦那には実家に帰ってもらい(嫁ぎ先は長野県だったので、私の実家は東京で、すでに私は長野で仕事をしていたので、簡単には東京に戻ることは出来ませんでした。数日間戻ったりはしましたが)、私はしばらくアパートに一人暮らしをしていたのですが、すでにその時点でこれはもう離婚だな、とどこかでわかっていたのでしょう。それまで興味がなかった、化粧だの美容だの、流行の服だのに、急に興味が出てきました。

 一生懸命頑張って節約して、洋服も化粧品も最小限で我慢していた気持ちがはじけたように、別居してから、おしゃれな下着だの、カットソーだの、あみあみストッキングだの買い始め、さらに髪型も変えてみたり(もともと金髪に近いショートでしたけど)、化粧もNHKの「おしゃれ工房」なんか見ながら研究しました。まあ、基本的にお金がなかったので、買った洋服類も今までは1000円で買っていたのを、3000円くらいの物にしてみた、位の程度でしたけど、私には思い切った買い物だったのです。

 しかし、どうして別居してから急にそういったものに興味が出たのか。やはり、自分が我慢していた部分と、相手に恋人が出来て対抗心がわいてきたのでしょうか。さらに離婚してからは、今で言う「アンチエイジング」みたいな美容に本当に興味が出てきました。気がついたら、一回目の結婚の時には、若かったこともあったし、そんなことを気にしている時間もお金もなくて、顔にはシミができ、首にはくっきりしわが二本、しかも離婚のショックで5キロくらいやせて、顔も頬がこけてげっそりでした。ところが、なぜか、離婚して東京に戻ってからが、今までで一番デートのお誘いもあり、もてたのです。これも不思議でした。そういう時期に離婚のショックで顔もボロボロじゃ、きっと自分のプライドが許せなかったのかもしれません。その頃から随分と「美容」については気にしていました。

 今では、基礎的な顔のマッサージも、基礎化粧品も、特集されている雑誌があると時々買って見ています。しかし昨日買った「ク○ワッサン」は、本当に美容について様々な方法や、化粧品を紹介してくれていて読み応えがあったのですが、あまりにも情報量が多すぎて、結局何がいいか分からなくなってしまいました。自分にあった化粧品、マッサージの仕方は、見つけるまでに研究が必要ですね。幸いにもうちの義理ママは、そういう分野に大変詳しいので、時々教えてもらったり、試供品を頂いたりしながら、今、自分に合ったものを探しています。まさか20代の若い頃には、自分がこういうことに興味が出てくるとは夢にも思いませんでした。もしかして、それだけ心にも余裕が出来てきた証拠なのかもしれませんが。もしそうなら、今の旦那に感謝です。

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