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昨日は命日です。

 彼岸の入りであった昨日は、私の母方の祖母と、去年亡くなった実家の愛犬「サスケ」の命日でした。

 偶然にも母の母、私の祖母とサスケの命日が重なったことは、私達家族にとってはちょっと心の救いでした。去年、サスケが脳腫瘍なのかどこから発生したのかわからないほど、頭の半分をガンに侵されて、私達家族は泣く泣く安楽死を選択してから早一年。ちょうど祖母「ゑゐ」さんのお墓参りに母親と親戚が行って、帰ってきてから、ほとんど意識もなくなっていたサスケを、ちょうど仕事がお休みだった弟と母親と帰省していた私と3人で病院へ連れて行ってから、もう一年たったなんて、信じられないし、その反面ずいぶん前のような気もします。サスケが亡くなって、命日も一緒だからきっと「ゑゐ」さんが天国に連れて行ってくれてるよ、なんて私は思っていました。

 その「ゑゐ」さん、私の祖母は、すでに私の母が中学2年のときに、銭湯で倒れてそのまま亡くなったそうです。「脳溢血」だったのでしょう。血圧が高かったようです。今なら薬を飲んだりしていればきっと、もっと長生きできたと思います。私の中では「おばあちゃん」というより「ゑゐ」さん、といイメージなのです。一度だけ親戚の家でゑゐさんの写真を見せてもらったことがありますが、なんと、日本髪に着物姿、さらに煙管を持っていた写真でした。なんとまあ、ハイカラな。その時から、きっと先進的な粋な女性だったのだろう、と私の勝手な思い込みがあります。もし生きていたら(もう100歳超えてると思いますけど)、いろいろ今時の話も出来て、楽しかったに違いないと思っています。ゑゐさんは、うちの母親が大切にしていた家族のサスケを、多分、迎えに来てくれて、天国で皆で楽しく暮らしていることだろうと、私はいつも考えています。

 最近、新聞などの投書で、「千の風になって」という歌の歌詞について、様々な意見が出ています。「~お墓の前で泣かないでください。~そこにはいません。」でしたっけ。そのフレーズが、大切な人をなくして、お墓にいると信じて通い続けている方が「お墓にいないなら、どこにいるのだ」と、考えてしまっているとか。いろいろな考え方がありますよね。私はお墓参りもしますが、自分が出来る範囲でします。無理には行きません。具合が悪かったり気分が乗らないときにお墓参りに行っても、仕方ないと思うからです。だっていつも心の中には亡くなった人がいますから。ゑゐさんにしても、サスケにしても、そのほか母方のおじいちゃんも、父方のおじさんも皆。いつも心で思っていますから。お彼岸だから、改めてそんな風に考えました。

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