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手紙を書く

 昨日の未明に、大学の頃の恩師が夢に出てきました。初めてだったので、ちょっとびっくりして、昨日の午後、恩師宛に手紙を書いて、夕方ポストに入れました。特に何事も起きてはいないとは思いますが、気になりましたので早速手紙を書いてみたのですが、もしかして私のほうが、恩師の助言が欲しいのかもしれません。それで夢に出てきて下さったのかもしれません。

 今の時代はパソコンが普及していて、よほどのことがないかぎり手紙を書くことは少なくなりました。相手のメールアドレスさえ知っていれば、年賀状やご挨拶状も、メールで済ませることが多くなりました。ただ、営業上、あえて手紙を下さる方もいらっしゃいます。(実は、うちの旦那もお客様にお礼の葉書を送ったりしているようです)そうすると、とても新鮮な嬉しさがこみ上げてくるものです。私の大学の恩師は二人おりますが、お一人はメールでのやり取りも可能で、メールをお出ししたこともありました。しかし昨日夢に出てきた恩師は、はたしてメールをするのかしないのかも分かりません。それよりも多分、手紙や葉書のほうが好むのが分かっています。もちろん電話でも良いのですが、やはり先生のご都合も考え、手紙にしました。

 葉書は富山に引越した際に出した覚えがありましたが、手紙は初めてだったかもしれません。先生宛ですので、縦書きの便箋にしましたが、あえて横書きよりも、字の下手さが目立たないような気がしたのも理由の一つです。しかし、書き始めて、本当に自分でガックリです。いくら縦書きとはいえ、縦書きだからこそ、ひらがななどはごまかしながらすらすらと綺麗に書けるかしら、と思ったのが間違いでした。まず、字列があっちへいったり、こっちへいったり。さらに漢字を忘れていることが多い。携帯電話のメールを使って、分からない漢字を調べつつ、また書いての連続。その上、メールと違って、一度大量に書いた文章を消す作業は簡単ではないので、消すとしたら書き直すしかありません。文章がまとまりません。紙に自分でペンを持ち、字を書く、文章を書くと言うことが、こんなに大変なことだったのかと、改めて思いました。せっかく日本人に生まれて、綺麗な日本語と漢字を学んだのに、紙に文章を書くことから離れてしまったために、こんなにも字が下手になり、字を忘れ、文章を構成する力も衰えてる。これは一大事です。習字は小学生の頃に習っていましたが、何とペン字の下手なことか。機会を作って、もう一度習字か、ペン字を習い、文章を紙に書く力をつけたいと思いました。手紙はメールとはまた違った良さがあると思います。ぜひ素敵な手紙を書くことの出来る自分になりたいです。

大型チェーンスーパー

 先日の3連休で外出した際に、金沢には何店かあった、ある大型チェーン店のスーパーを発見しました。そのスーパーに行きたくて行きたくて探していたので、嬉しくなって、昨日早速行ってみました。

 久しぶりだったので、ワクワクしながら店内に入ったのですが、最初の野菜コーナーでガックリ。ニンジンをばら売りで1本買おうと手に取ったところ、なんと黒ずんでいてカサカサ。他のニンジンも同じ。あまりにひどかったので、そばにいた店員さんに「ニンジンをばらで1本買いたいのだけど、これはひどいので換えてもらえますか?」と、声をかけてみました。すると店員さんは、「本当ですね、すみません。」と言いながら、その場で、袋に入って売っていたニンジンをばらして1本渡してくれました。袋に3本入りのニンジンは、大丈夫でした。その後は、野菜のほかにも肉・魚・豆腐・納豆・様々な買い物をして、またも5000円以上買ってしまい、重くて仕方ありませんでした。

 それにしても、あんなに恋焦がれて行った、久しぶりの大型チェーンスーパー。お昼近くだったので、もちろん製品のチェックも終わっていたはず。店内で焼いて売っているパンは、ホテルパンという一斤売りのものなどは全て昨日の生産。しかも前のめりに立てて売っていたので、何だか一枚目がちょっとつぶれているし、パンのふくらみ自体もいまいち。ちょうどお昼の12時頃だったので焼いている最中だったのかもしれませんが、それにしてもひどいなあと思いました。何だかあんなに楽しみにしていたのに、本当にガックリ。でももちろん良い部分もあるのです。大型スーパーなので、品揃えはたくさんありますから、デザート類やお菓子類などは豊富です。それと、大型チェーンなので、独自のブランド製品もありますから、それらを買うのにはいいわけです。何を買うかによって、スーパーを使い分けるべきだと、自分で思いました。

 私の考えでは、お値段的には高くても野菜の鮮度はデパートが良いかな。地元のチェーンスーパーはお魚系が、朝取れた物が入っていて新鮮。それぞれのスーパーの特徴をつかんで、消費者がかしこく選ばないといけませんね。他のスーパーで賞味期限切れの納豆のたれを売っている所もありました。広いスーパーですから、そういう見落としもあるでしょう。しかし、食品を売る店ですから、できれば最新の注意を払ってほしいところです。もしかして人手不足の気もします。その点、こんな言い方はいけないかもしれませんが、全体的にお値段が高くても新鮮な物、良い物を販売しているお店は、チェックも行き届いてると感じています。店員さんも多い気がします。そうすると、私たちが自らの責任でどこを選んで買い物をするか、決めなければいけませんね。だっていちいち文句を言ってたら、クレーマーになってしまいますから。それも嫌ですもの。

疲れは2・3日後

 3連休を、めずらしく夫とずっと一緒にいて、一日一日を考えてみると、それほどどこかへ外出しっぱなし、という状態ではなかったのですが、やはりいつもと違うペースだったこともあり、今頃になって疲れがでてきたようです。

 今日はとても気持ちの良い秋晴れ。朝の空気もひんやりとしてきて、いよいよやっと本格的な秋の到来かしら、と思わせる日です。これから車で買い物に出かけようと思っていますが、前述の通り、少し疲れが出てきているようなので、プレドニンを飲んでからまだ一時間もたちませんので、もう少ししてから外出しようと思っています。私達夫婦の間では、私のプレドニン服用を「ドーピング違反」なんて呼んでいますが、もちろんスポーツ選手が服用するステロイドとは違うとは思うのですが(調べていないので分からないのですが)、プレドニンを飲むと気分的にも、しばらくすると元気が出てくるような気がします。

 本当にやっかいなのは、自分の疲れがたまっていることが、良く分からないこと。感覚が鈍感なのか、2・3日後にならないと疲れが出てきません。それまでは元気なつもりなのです。そのまま行動していると、あっという間に本当に症状が悪化してしまうと困るので、様子を見ながらの行動です。休日に旦那様とゆっくりしていて、どうして疲れるのかしら、と思う方もいるとは思いますが、意外と普段とは違うペースに気を使っていたりして、後で疲れるんですよね。さらに3日間も一緒にいるなんてことが、旅行以外にないので、必ず一度は喧嘩して反省したりと、精神的にも参ったりします。その度に、夫婦って大変だよな、と実感したりして。それでも一緒にいようと思うのだから、このくらいの気持ちと距離感(?)が夫婦関係を保つのにいいのかもしれない、と最近思うのでした。

「レクサス」見学

 旦那は車が好きです。本やマンガを読んだり、ゲームをするのも好きですが、趣味と言って一番最初にくるのが「車」でしょう。今、持っている車はすでに新車で購入してから5年がたち、そろそろ買い換えたいと思っているようですが、軽自動車しか乗ったことがなかった私にとって、やっと慣れた車であり、私も大変気にいっている車です。旦那はその車を、週に一度、土日のどちらかは雨でない限り綺麗に自分で洗車して、ワックスをかけ、ピカピカにします。車内クリーニングは半年だか一年に1度だかは必ずして、オイル交換はまめにしていて、走っていてどこかおかしな所があれば、すぐに点検に出します。さらに車内は自分の好きなように、オーディオ周りを木目にしたり、足元に小さなライトを設置したりと、どれだけお金をかけているのか分かりません。しかし、彼にとっては唯一、趣味だと胸を張れるものだと思います。

 どうやらもっと若い頃から夫は車好きで、私は今の車しか知りませんが、3台くらいすでに乗り換えているようです。(まだ免許を取ってから10年くらいの年月しか経っていない年齢ですが)それを考えると、今の車はよほどお気に入りなのでしょう。私もとても好きです。

 しかしそろそろ車を換えたいと、去年あたりから言っています。(そう言い出すと、今乗っている車は壊れるよ、とちょっと脅かしたりしているのですけど)2台は持てませんし、持つ必要はありません。私としては今の車を手放すのはおしいのですが、彼なりの考えがあるのでしょう。経済的に可能であればOKじゃないのかと、私は言っています。あれやこれやと、どの車にするか思案中のようですが、いまいち気に入る車が今はないようなので、これだ!と思える車に出会うまでは待ったほうがいいよ、とも私は言っています。そこで、昨日、「レクサス」を見に行ってきました。

 「レクサス」は大変素敵な車ですよね。お値段もそれだけ素敵です。販売店はとても高級感があり、私達のような者は相手にしてくれないのではないかと、思っていたのですが(そんな噂も耳にしていたので)、気持ちはおそるおそる、でも外見は意外と堂々と販売店の中に入ってみました。まあ、店内の綺麗なこと。すると、ベテランだと思えるようなセールスコンサルタントという肩書きの方が、私達にすぐに近寄って来てくださって、お相手してくれました。お値段があまりにも素敵すぎて、生活費を何万円も削減するか、転職するか、何か考えないとすぐには購入できる車ではないのですが、それでも実際に目で見て、その場で車内に乗ってみて(試乗はしてません、旦那が拒否しました。欲しくなっちゃうそうです)、説明をお聞きすると、もう気分は買いたくなっちゃいますね。って私がお金を出すわけではないのですが。ナビゲーションは標準装備ですし、様々なサービスは付いてますし、全国のレクサス販売店と連携が出来ていて、どこへ転勤になっても販売店があるところなら困らないように、アフターサービスも充実しているようです。噂で聞いていたような、相手にしてくれない状態ではなく、これでもかというくらい話も聞いてくれましたし、カフェ・ラテまで出してくれました。私達は大変気分がよく、将来は必ず一度はレクサスに乗るぞ!みたいな気持ちで帰宅しました。

 まあ、帰宅して冷静に考えてみると、やっぱりこの2年以内の購入は、経済的には無理でしょう。旦那が多分、私くらいの年になれば、順調に仕事を続けていれば乗ることも可能かと思えます。(旦那は私より8歳年下なので)車好きの彼にとって、好きな車を見つけたら乗らせてあげたいと思いますので、彼なりに算段して大丈夫であれば、「レクサス」OK!という状態になれば良いな、とは思っています。

カラオケで熱唱

 約4ヶ月ぶりにカラオケに行きました。旦那の同僚夫婦は2時間半位、二人でカラオケに行くそうですが、うちは二人で1時間で充分。休みなく次々に曲を入れていく上に、曲の2番まで歌ったら、演奏を中止して次の曲へと操作してしまうため、一人6・7曲は歌えます。私は病気の関係もあり、喉が弱いので、あまり歌いすぎると喉が痛くなってしまいます。ですから、カラオケに行くのも何ヶ月かに一度。でも歌うのは大好きで、もし喉の病気になっていなければ、一度きちんとカルチャーセンターなどで、プロに歌を習ったり、日本の民謡やら小唄やら、シャンソン・ジャズなども習ってみたかったなあ、と思います。今となっては、喉の調子が良いときに、時々ストレス発散と楽しみのために、1時間くらいカラオケに行くのが限度でしょうか。

 それでも歌い始めれば、演劇やコミュニティFMでアナウンサーをしていたこともあり、複式呼吸で思い切り熱唱してしまいます。まずは久しぶりなので、中森明菜あたりのアンニュイな感じの曲で発声練習を兼ねて歌い始め、それから歌謡曲(ジャンルはいろいろなのですが、最近の流行曲は知らないので歌えません。せいぜい、中島美嘉や浜崎あゆみの一部の曲、安室ちゃん、グローブ、ドリカム、など)、特に歌謡曲は両親の影響もあり好きでして、今日は2曲目にテレサ・テン「空港」を歌いました。これで発声はOK。それから中島美嘉の「STEARS」、大橋純子「たそがれマイ・ラブ」、ドリカムの「やさしいキスをして」、もうここまで歌うと息も苦しくなってきます。中島美嘉あたりで結構しっかり声を出さないとだめなので、苦しかったのですが、何を思ったのか何年かぶりにエヴァンゲリオンの歌を歌いたくなり「残酷な天使のテーゼ」なんて歌ってしまったら、貧血を起こしそうになってしまいました。そして、もう疲れたので竹内まりやでしっとりと歌い納めたのです。かなり複式の練習になったと思います。大きな声で歌ったのも、とても気持ちよかった。

 旦那は矢沢永吉やらRIKIやら村下孝蔵やら歌っていましたが、最後に私のリクエストで「冬のソナタ」の主題歌「最初から今まで」を、韓国語バージョンで歌いました。これがなかなかうまくて私は好きなので、カラオケに行くとリクエストするのですが、気分ののっている時にしか歌ってくれません。今日はかなり久しぶりに歌ったのですが、最初はちょっと歌詞が曲に追いつかなかったのですが、2番になるともう思い出したのか完璧でした。韓国語、全く分からないのに。気分だけ「冬ソナ」な感じでした。

大好き!「お好み焼き」

 3連休初日の今日の晩ご飯は「お好み焼き」。昨日は金曜の晩と言うこともあり、旦那と2人で近くのイタリアンのお店で夕食を食べました。大変お気に入りのお店で、前菜のおすすめパテや生ハムがのったサラダ、ゴルゴンゾーラのニョッキ他とても美味しく頂きました。何が一番良いかと言うと、家から歩いて3分くらいのお店なので、お酒を飲んで帰っても、すぐ家に帰り着くのが一番嬉しい。ということで、昨日外食でしたので、連休初日の今夜は家でお好み焼きにしようと思いました。

 お好み焼きは大好き!なぜか分かりませんが、うちの実家の母ちゃんも大好きだそうなので、遺伝かもしれません。外で食べるのもいいですが、家で好きな具を入れて、ホットプレートで焼くのも良いですよねえ。以前、広島出身の友人に広島に連れて行ってもらったとき、本場の広島お好み焼きを食べさせてもらいました。とっても美味しかった。何といってもキャベツたっぷりの卵が入っていて豚肉たっぷりで、鉄板からそのまま食べるんですよね。猫舌の私には熱くて熱くて仕方なかったのですが、本当に美味しかった。それから、義理の母親が作ってくれるお好み焼きもとても美味しくて、また食べたいといつも思っています。

 今夜は家でお好み焼きを焼きながら、豆腐とキムチとサラダと納豆と、ありあわせの夕食ですが、明日もお休みですから時間に追われるとこともなく、ゆっくりと楽しみたいと思います。ちなみにお好み焼きの具は、イカと桜えびの一枚と、豚肉の一枚。う~ん考えるだけで美味しそう~。飲み物はどうしよう。焼酎にするか、それとも先日買ってきた白ワインの「シャブリ」にするか。お好み焼きにワインとは、どうなのだろう。試してみてもいいかもしれませんね。

昨日は命日です。

 彼岸の入りであった昨日は、私の母方の祖母と、去年亡くなった実家の愛犬「サスケ」の命日でした。

 偶然にも母の母、私の祖母とサスケの命日が重なったことは、私達家族にとってはちょっと心の救いでした。去年、サスケが脳腫瘍なのかどこから発生したのかわからないほど、頭の半分をガンに侵されて、私達家族は泣く泣く安楽死を選択してから早一年。ちょうど祖母「ゑゐ」さんのお墓参りに母親と親戚が行って、帰ってきてから、ほとんど意識もなくなっていたサスケを、ちょうど仕事がお休みだった弟と母親と帰省していた私と3人で病院へ連れて行ってから、もう一年たったなんて、信じられないし、その反面ずいぶん前のような気もします。サスケが亡くなって、命日も一緒だからきっと「ゑゐ」さんが天国に連れて行ってくれてるよ、なんて私は思っていました。

 その「ゑゐ」さん、私の祖母は、すでに私の母が中学2年のときに、銭湯で倒れてそのまま亡くなったそうです。「脳溢血」だったのでしょう。血圧が高かったようです。今なら薬を飲んだりしていればきっと、もっと長生きできたと思います。私の中では「おばあちゃん」というより「ゑゐ」さん、といイメージなのです。一度だけ親戚の家でゑゐさんの写真を見せてもらったことがありますが、なんと、日本髪に着物姿、さらに煙管を持っていた写真でした。なんとまあ、ハイカラな。その時から、きっと先進的な粋な女性だったのだろう、と私の勝手な思い込みがあります。もし生きていたら(もう100歳超えてると思いますけど)、いろいろ今時の話も出来て、楽しかったに違いないと思っています。ゑゐさんは、うちの母親が大切にしていた家族のサスケを、多分、迎えに来てくれて、天国で皆で楽しく暮らしていることだろうと、私はいつも考えています。

 最近、新聞などの投書で、「千の風になって」という歌の歌詞について、様々な意見が出ています。「~お墓の前で泣かないでください。~そこにはいません。」でしたっけ。そのフレーズが、大切な人をなくして、お墓にいると信じて通い続けている方が「お墓にいないなら、どこにいるのだ」と、考えてしまっているとか。いろいろな考え方がありますよね。私はお墓参りもしますが、自分が出来る範囲でします。無理には行きません。具合が悪かったり気分が乗らないときにお墓参りに行っても、仕方ないと思うからです。だっていつも心の中には亡くなった人がいますから。ゑゐさんにしても、サスケにしても、そのほか母方のおじいちゃんも、父方のおじさんも皆。いつも心で思っていますから。お彼岸だから、改めてそんな風に考えました。

寝言

 昨夜(今日未明と言うべきでしょうか)、旦那の寝言でびっくりして起きました。突然、「猫がたくさんいる」と、はっきり言ったのです。私は驚いて「いないわよ、猫なんて」と言い返しましたが、本人は寝言なので、「ん?ん?」とか言いながら、また眠りに入ってしまいました。その後も何度かわけの分からない寝言を言って、その度に私は起こされ、さらにうなされているような声も出し始め、また起こされ、もう寝不足の今朝です。

 寝言はなぜ出てくるのでしょう。私はあまり寝言を言わないようなのですが、旦那や実家の弟はよく言ってます。弟は飲食業なので、寝言でよくオーダーをとっていたり、後輩を叱っていたり、誰かに謝っていたりするようです。旦那はわけの分からない寝言をよく言います。仕事関係だろうなあ、という言葉も発していることもあります。それにしてもうちの旦那は、うなされていることもあるので、これは心配です。もしかして、そういう時は少しストレスがたまっているときなのかしら、と気になります。本人に聞いても、本人はあまりストレスも感じているのか感じていないのかはっきりしないタイプなので、これも良く分かりません。夢を見ていたり、何か心に強く残っていることがあったりすると、もしかして寝言になったりするのかな、と自分なりに解釈しているのですが、どうなのでしょう。いずれにしても多分、眠りが浅い状態のような気がするので、今朝も旦那はちょっと寝不足気味の顔をしていました。

 私のように神経質なタイプでない夫なので、自分の体調の変化もあまり感じないうちに、あっという間に風邪がひどくなっていたり、アトピーがひどくなっていたりと、こちらが気にしていないといけません。ここのところ約2ヶ月の間に、2週間に1度は鼻風邪のような状態です。そろそろ病院に行ってほしいな、疲れもたまっているのだろうな、と思っています。

「気」を練習してみる

 最近読んでいる本は、野口晴哉「整体入門」と言う本。

整体入門 (ちくま文庫) Book 整体入門 (ちくま文庫)

著者:野口 晴哉
販売元:筑摩書房
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 どうやら著者の野口先生というのは、日本における東洋医学の第一人者のような存在の方だそうです。この本は野口先生の発案した独特の整体に基づく体操が、体の疾患ごとに詳しく書いてあり、なかなか読み応えがあります。これを、する・しない、は個人の自由でしょうが、本の中に、東洋医学で言われる「気」について、最初のほうに書かれています。

 私は従兄弟が鍼灸師で、その知り合いの鍼灸師の方に「気」のようなものを使って治療を受けたことがあったのですが、これが私はとても良く効きました。まだ東京にいた頃で、その頃は病気を発症しながらも、毎日会社に勤めていて大変疲れていました。そんな時に見ていただいたのですが、その際に、私の体が弱っている・「気」が弱いというのか、オーラが弱いと言うのか、そんな感じに言われ、鍼灸師の先生に首の後ろから「気」を入れて頂きました。先生の手のひらがとても熱く感じ、そこからなにか出ている気配があり、翌日には本当に久しぶりに、はっきりしっかりとした気力のある朝をむかえた覚えがありました。私はとても「気」を感じやすい体質らしく、ということは逆に「気」を出すことも出来るだろうと、以前から思っていました。

 「気」を出すように訓練すると、どうやら皆さん出るようになるそうですが(どうやら皆さん出ているそうなのですが)、これは信じる方信じない方がいらっしゃるでしょう。私はここのところ、野口先生の本を読んだこともあり、以前も試したことがありましたが、「気」を自由に出せるように試しています。うちの旦那は、「気」だの「オーラ」だの、目に見えないものは信じないタイプですが、なぜか私のことは信じるのです。旦那を使って試してみると、やっぱり出ているようですね。私が手を当てているところが「熱いよ、熱いよ」とよく言います。だからと言って、彼の肩こりが私の「気」で治ってきているのか、それはいまだに不明ですが。

夫婦の休日の過ごし方

 昨日までの3日間、旦那が3連休でした。昨日は午後、仕事があるようで出社してましたが、それでも基本的にお休みモードでした。

 さて、私も2回目の結婚生活で、ここにきて「夫婦の趣味」とか「夫婦での過ごし方」について、最近考えています。今の旦那とは、生活のリズムや趣味が、まあまあ合う方だと思っています。休日はお昼近くまでゆっくり二人で寝ていますし、趣味は読書やら映画鑑賞やら、結構重なっている部分があります。しかし、性格はかなり違いますので、考え方も違うところがたくさんあります。これは私が女性だからかもしれませんが、転勤族で基本的に二人しかいない生活なので、平日は旦那が会社に行って帰りも遅く、夜は夕飯食べて風呂入って、寝ましょう、って感じなので、休日のときくらいは二人で何するでもなく、テレビ見ながらでも「話す」機会を、私はほしいのだと思うのです。それが、旦那は休日になるとパソコンでゲームをしたり、この3連休のうちの後半は、友人から借りてきた大量のマンガに没頭。その間をぬって、夫婦の会話はもちろんありますし、外食に行ったり、一昨日のようにベッドを買いに行ったりもするのですが、ゲームやらマンガに集中していると、彼は私の話を聞いていません。夫は平日会社勤めで疲れているし、ストレスもたまっているだろうから、好きなゲームもマンガも本当なら「喜んでどうそ!」と思いたい。しかし、それに没頭してしまうと、こちらの話も聞こえないのが、私は悲しい。うちは子供もいませんから、子供の世話をお願いすることもないので、自由にさせてあげたいのですが、頭ではそう考えていても、私の心がきっとイライラするのでしょう。昨日は朝から、自分が不機嫌でとっても嫌でした。

 一回目の結婚生活を思い出しても、実はもうほとんど忘れてしまっています。それに、私もその頃仕事をしていたので、土日でも相手が仕事だったりしたら、自分も仕事をしていました。生活のリズムも趣味も、あまり合うとは言えない相手だったので、結婚して1・2年くらい経った頃には、休日はお互い趣味やら仕事やらして、土日のどちらかだけ一緒にいて外出したりしていた気がします。それも結婚生活後半は、行くところもなくなっていて、相手には新しい恋人も出来ていたので、その人とどこかへ行っていたり会っていたようです。私は気づかず、そういう日は仕事していました。

 今は私は仕事もせず、体調管理を重点におきながらの生活なので、インドア派の今の夫とは本来なら合うはずですが、どうもゲーム・マンガに没頭されると、せっかくの休日に、同じ部屋にいても会話もあまりなく過ごすことになるわけです。これ、慣れなければいけないのでしょう、きっと。そのうち平気になって、私も好きなことをするようになると、夫婦って長続きするのかしら。そんなこんなで、いつも3日以上のお休みが続くと、だいたいラスト1日くらいには喧嘩気味になるのです。夫婦の関係って難しい・・・。

ベッド購入

 昨日、大きなホールで家具展が開かれていたので、やっと念願のシングルベッドを購入しました。これは私のためのシングルベッドです。

 夫と籍を入れる前に同居する際、結婚前提と言うこともあって、2年ほど二人で貯金をしていて、その貯金から、マンションの契約金だの、家具や電化製品代を出しました。私はもともと神経質なので、ちょっとしたことで寝られなくなったり、寝ていたのに起きてしまってそれから1時間も寝付けなかった、なんてことがありました。ですから、ベッドを同居の際に最初に購入するとき、夫とだいぶ口論したのですが、まだラブラブの時期だったからでしょうか。私が負けて、ダブルベッドを買ってしまいました。案の定、一緒に住み始めてすぐに、「こりゃ、ダメだ」と思いました。

 ダブルベッドって意外と狭いんですよね。旅行などでホテルに泊まったりした際は、ダブルベッドの部屋にしていても、さほど狭く感じなかったのは、あれはきっとサイズ的にダブルより上のサイズなのでしょう。しかも私は身長161センチで体重は中太り。夫は身長177センチくらいの体重はメタボ。これじゃ普通のダブルベッドでは狭いですよ。その上、彼はものすごく「いびき」が大きい。寝返りも大きい。その度に私は目が覚め、寝られず、ずいぶんと苦労しました。しばらく我慢しているうちに慣れてはきたのですが、今度は私がベーチェット病を発症して、もっと神経的に過敏になり、とうとう一緒に寝ずに、私がベッドの下に布団を敷いて寝るようになりました。それから早2年。その間に、ベッドで一緒に寝るように努力もしましたが、しばらくするとまた私の症状が悪化して入院したり退院したりで、結局、富山に引っ越してからは、ずっとベッドの下に布団を敷いての生活でした。

 さすがにこのままではこれから冬に向かって寒くなるし、今の寝室はフローリングなので、直接布団を敷くと湿気がたまってしまいます。とうとう、私のシングルベッド購入に至ったのでした。それにしても、約6畳の部屋にダブルベッドとシングルベッド。最初からシングル2台にすれば良かった、変なところで譲らなければ、お金を使うこともなかったのに、といまさら後悔です。あの頃はまだまだ夫に負けてました。結局、自分の性格が分かっていたのですから、最初からベッドを別にするべきでした。私のせいで余計なお金を使い、さらに今度転勤になって部屋を借りるときにも、この2台のベッドだけで一部屋占領してしまいますので、今後にも影響を及ぼすでしょう。仕方ない。でも、自分のベッドが来ること、実はとても楽しみ。だってせっかくだから、マットレスも良いものを買えって、旦那が言うものですから買いました!ラッキー!29日に納品です。ああ、やっぱり嬉しい!

体調維持の難しさ

 今週はちょっと体調面で今一歩でした。先週も先々週も、ちょうど火曜水曜あたりで調子が悪くなり、寝込んだりしていたのですが、今週もやはりそうで、月火水と、口内炎やら首のリンパ腺の腫れやら間接のちょっとした痛みやら、他ちょこちょこと症状があり、熱も計ったりして様子を見ながら、無理ない程度に家事をしてました。昼寝も月曜なんかは、寝たら3時間も寝っぱなし、起きようと思っても体が重くて起きられない。でもしっかり昼寝して起きると、夕方からまた夕食の準備に取り掛かれる。でも夜は12時過ぎにはまた眠れる。これはきっと、体が眠りを欲しているのだな、と思い、火曜日も水曜日も2時間、昼寝をしてしまいました。すると昨日の木曜あたりから調子が良くなってきて、今日金曜。これからフラメンコを習いに行きます。

 どうしてこんな風になっちゃうのかなあ、といつも母親と電話で話すのですが、そういう病気なんだから仕方ない、という結論に終わります。ベーチェット病を発症してから約2年半。1年目は今の夫と同居しながら、月~金までOLをしていて、短期間の入退院が3回。この年はまだ症状的にはそれほど重くなかったのでしょう。入院して休養して抗生剤の点滴5日間すると、私の症状の特徴である喉の腫れが引いたのです。まだプレドニン(ステロイド)内服はしていませんでした。2年目、OLを辞めて正式に入籍して夫の転勤先の金沢に行きました。その前まで、夫が約4ヶ月先に金沢に行ってましたので、私は実家に戻り家事などは母親にまかせOLを続けていたのです。その間は入院することがなかったので、少し油断していました。金沢に行ってしばらくしてから、一週間の新婚旅行に車で行きました。(大阪・伊勢)帰ってきたら、入院でした。この時には10日間入院して、抗生剤の点滴と休養では、完全に喉の腫れが引かずに、それでもステロイドは内服せずに頑張りました。実家で静養しているうちに良くなってきたので金沢に戻り、それから4ヵ月後。この時になんとか頑張ってみようと、金沢の耳鼻咽喉科に通って、中途半端に点滴を打ったりしたのがいけなかったのでしょう。良くなったと勘違いしていたら、点滴をやめて2日後にまた症状が悪化。すでに点滴の中には、ステロイドが入っていたのです。東京に戻っって主治医に相談して、プレドニンを内服するようにして一度は金沢に戻るも、また悪化。とうとう去年の11月25日くらいだったでしょうか。東京に戻り入院。約1ヶ月入院しました。

 それからもう約9ヶ月経ちますが、今年は何とか入院せずにすんでいます。プレドニンの内服を始めたからか、自分でなんとかコントロールしながら、体力がもつようになりました。もうできれば入院はしたくないから、無理せずに昼寝でも何でもして、コントロールに努めたいのですが、それでも時々、「どうして自分はこんなに体力がないのだろう。」と落ち込んでしまいます。母親は、「入院しないで生活できて、お休みの日には出掛けることが出来たり、フラメンコが習えるだけいいじゃないの」と言います。その通りです。本当にそうなのですが、1週間のうちで2日間くらい調子が悪いと、落ち込みます。体調は、体力的な部分と、精神的な部分の維持が難しいのですね。きっともっと自分で開き直ってしまえばいいのだと、分かってはいるのです。精神的な部分でもう少し、自分なりの考えがしっかりすれば、落ち込んだりして夫にやつ当たり(?)することも少なくなるのでしょう。体調維持の難しさを実感しています。

 

政治の世界って・・

 昨日の午後1時過ぎから、テレビなどマスコミは安倍首相辞任で大騒ぎ。私もびっくりして、おもわずこのブログで書いたのですが、その後、テレビの報道をいろいろと見ていて、改めて気づくことがあり、今日もちょっと書いてみようと思いました。

 私達一般人の社会で、学校に入学したり、会社に入社したら、先輩がいます。その先輩は永久に先輩であり、よほどのことがないかぎり、その先輩に対して正面から罵倒したり、人がいる前でその先輩の沽券に関わるようなことを言ったりすることは、まずないでしょう。(あるとしたら、会社をやめるときに、頭にきていた先輩やら上司に、最後に一言いうとかでしょう)ですが、政治の世界ではそういうことは関係ないのでしょうか。マスコミの入っている状態でも、一年生議員だか小泉チルドレンだかが、安倍首相他自民党幹部の前で、堂々と安倍批判をしていましたよね。あれは、びっくりしました。政治の世界では先輩後輩なく、批判したり意見したり、平気で出来るのか。しかも自分の所属している党の党首に対して。マスコミが写していますから、もちろん意見した議員はクローズアップされるわけで、名前が出ますよね。世間に知ってもらうには良い機会です。しかし、私はあまり良い気持ちはしませんでした。そんなに文句があるなら、そういう党首がいる自民党を自分がやめればいいのに、なんて思っちゃいます。だけど辞めるわけにはいきません。やっぱり与党である自民党に所属していたほうが、自分が議員でいるには大きなバックがついているわけですし、議員でいるなら、ゆくゆくは大臣になるのが夢のはずですから。

 なんて、あまり政治のことを知らない私が勝手に思ったことを書いたのですが、今度、知り合いで少し政治関係のことに関わったことのある人がいますので、聞いてみます。政治の世界は、先輩後輩関係なく平気で意見が言えるのか、と。まあ、国民のためを思ってのことであれば大いに議論して頂きたいのですが、同じ党内で批判しあったりするのは、見ていて気持ちの良いものではありませんから。

安倍首相が辞意表明!?

 本当はほんの5分前まで違うことを書こうと思っていたのですが、テレビを見ていたら速報で、安倍首相が複数の与党幹部に辞任の意向を伝えた、というニュースが入ってきました。今、午後1時の臨時ニュースで放送していますが、どうやら与野党の幹部に辞任の意向が伝わっていて、本会議の開始時間も遅れているようです。まだこれ以上の詳しいことが分かっていません。(今の段階では)

 このタイミングで辞任の意向の表明とは、どういうことか。テロ対策特別措置法の給油の継続の件で、民主党が反対していて、これからの国会が大変なことになると分かっていて、テロ対策特別法の給油継続については「職を賭して・・」なんて、首相は言っていたのに、急に嫌になっちゃったのかしら、と思ってしまいました。それは冗談で、もう無理だな、と感じたのでしょう。しかしこの先、どうするのでしょう。内閣総辞職で、また選挙でしょうか。国会はどうなっちゃうのでしょう。国会議員は、国会で国に関する重要な話し合いをするのが仕事で、選挙が仕事じゃないですよね。辞任の意向を表すタイミングも悪いし、この先、日本の国会はどうなるのか、いち国民としても不安です。

 選挙はお金がかかると言います。私たちの税金も注がれるはずです。これからの日本のことを考えて、また選挙をして、民主党が圧勝して与党になったとして、何か変わるのでしょうか。こんなことを考えるとお先真っ暗な気がしてしまうので、あえて考えませんが、本当にいつも思うのは、選挙選挙で、税金が使われて、困ったものです。まあ、安倍政権は限界だったのかもしれませんし、最近の安倍首相は何だか見ていて「大丈夫かな」と感じるくらい、表情も硬く、同じことを言っていて、精神的に追い込まれて病気にでもならなければいいけど、とは思っていましたが。

9.11です

 今日は9.11ですね。アメリカの同時多発テロから今日で6年。年月が過ぎるのは早いものだと、つくづく感じます。6年前、私はまだ一回目の結婚相手と一緒にいました。自宅で夜の9時代のニュースを見ていて、速報と言うか、画面がいきなり飛び込んできたのを良く覚えています。まるで映画の1シーンかと思うほど、信じられない光景でした。すぐに当時の夫に呼びかけて、二人で食い入るようにテレビを見ていました。それから、ハッと気づいて、アメリカのアトランタにいた親友に電話をかけましたが、すでにつながらなかったのです。アトランタはとくに何もないとは思っていましたが、心配でしたので、親友の実家に電話をかけてみたら、実家では連絡が取れていて、大丈夫だとのことでした。翌日、その親友から電話があり、アメリカ中では大変なことになっていて、アトランタでも高層ビルに勤めている人達は、しばらくお休みで自宅待機になったとのことでした。(彼女の旦那様がそうだったのです)

 私はアメリカに憧れを持っていました。学生時代に演劇をしていて、ダンスや芝居に大変興味があり、ニューヨークのブロードウェイに行くのが、夢でした(今でも夢ですが)。そのアメリカで、どんな政治的背景があるのか私には分かりませんでしたが、あんな大変な衝撃的な事件が起きてしまって、さらに多くの方が亡くなって、私自身ショックを受けました。何を思ったのか、テロの翌日だったと思いますが、アメリカのホワイトハウスの大統領宛に日本語でメールを送ったのです。すぐに返信が英語で届き、私は英語が苦手ですので良く分かりませんが、どうやら自動返信のメッセージで、要するに「メッセージありがとう。大統領もあなたのメッセージを嬉しく思っているが、今は・・・云々」みたいな感じでした。(つい2ヶ月前にパソコンを変えましたので、前のパソコンにそのメールが残っていて、今の夫に訳してもらったら、だいたいそんな内容だったようです)私にとっての憧れのアメリカがこんなに大打撃を受けてしまって、たくさんの方が亡くなって本当に悲しいことですが、どうか立ち直ってほしい、という思いからメールをしたのでした。

 あれから6年。まだご遺体が分からないでDNA鑑定をしている方もいると、ニュースで知りました。日本でも昨日のニュースで、爆弾を自分で製作して、通勤ラッシュの電車で爆発させてやろうと思っていた人がつかまった、というのがありました。これは仕事をしている人に対する、恨みのような気持ちがあったようですが、全く信じられない理由です。規模が大きくても小さくても、理由が個人的であっても政治的背景があっても、どんな場合でも、何の関係もない人が巻き込まれてしまう「テロ」は許せない行為です。毎年9.11が来ると、そう思い返すようになってしまったのは、悲しいことですが。

禁煙中

 旦那がただいま、禁煙中です。2ヶ月目。一日タバコ1箱は吸っていました。(のんでいました、と言うのでしょうか)お酒を飲むとタバコはもっと吸いたくなるので、飲み会・懇親会などの時は、もっと吸っていたはずです。1箱くらいなら、チェーンスモーカーというわけではなかったと思いますが、夫は少しアトピー性皮膚炎でもありますし、そんなに体も強いほうではありません。私も一時期タバコを吸っていましたが、ベーチェット病を発症して、私の症状は主に鼻から喉の粘膜が炎症を起こすので、発症してから完全にやめました。自分で吸うのも影響はあると思いますが、タバコの煙を外から吸ってしまうのも、喉に影響があるような気がして、私のためにも、さらに夫自身のためにも、実は前からタバコはやめてほしかったのです。

 しかし、夫自身も、私の体にも自分の体にも悪いと分かっていても、禁煙は今まで出来ませんでした。本数を減らす努力をしたり、通販か何かで、タバコにパイプのような物を取り付けて本数を減らしてゆく、ようなこともしていました。でもきっと完全には禁煙できないと思っていたのでしょう。良い性能の空気清浄機も半年以上前に買っていました。でも私は禁煙してほしかったのです。ただ、禁煙を強要しても、それが夫のストレスになってしまってもいけないなと思い、あきらめていました。

 ところが、7月の上旬に会社の出張でハワイに行きました。その際に、どうやらハワイではタバコが吸える場所が決まっていて、中々吸えなかったようなのです。(アメリカは喫煙に関して非常に厳しいですね)それを機に、禁煙しよう!と決めたそうです。それから2ヶ月、禁煙パイポ(ミント味とかレモン味)をくわえながら、禁煙が続いています。

 人は何かきっかけがあると、出来ることがありますね。いくら「私の病気のためにも・・・」なんて訴えても(もちろん私の命にすぐかかわることなら別でしょうが)、自分が「そうしよう!」と決心するきっかけがないと出来ないものです。「結局は自分のためでないとダメなんだよね・・」なんて、ちょっと寂しい気もしましたが、人間そんなものなのでしょう。きっと私もそうでしょう。とにかく、禁煙できていると言うことは、夫にとっても私にとっても良いことなので、どうかこのまま続いてください、と思いながら、今まで使っていた灰皿は片付けないで定位置のまま置いてあります。片付けるとなんだか、それがきっかけでまた吸い始めてしまう気がして。変な願掛け、みたいなものですね。

 最近、よく夢を見ます。というか、夢は見ていても覚えていないことが多いと言われますよね。それを良く覚えていると言うことでしょうか。昼寝をしているときの夢でも、覚えていることが多いです。

 私の夢は、以前も書いたことがあると思いますが、結構、映画のようなラブストーリー完結物だったりすることもあるのですが、とっても現実的で何かを暗示しているような夢の場合もあります。昨夜(今日にかけて)見た夢は、雨の中を昔の彼氏のバイクの後ろに乗って、逃げている夢でした。何かの事情があって一人で走ってどこからか逃げていて、昔の彼氏のところへ助けを求めに行って、なぜか彼がバイクを出してくれて後ろに乗って、雨の中、街中を逃げて走っているのです。とてもリアルな感じでした。不思議なことに、彼が着ている服は、付き合っていた頃に着ていた革ジャンで、バイクやヘルメットもその当時の物でした。でも設定的には今で、お互いにパートナーはいる設定なのです。これって、昔の彼とのことが心のどこかで納得できていなかったり、今の何かから逃げ出したい気分だったりするのでしょうか。

 一昨日くらいに見た夢は、ロボットに世の中が支配されそうな夢でした。まるでアシモフの世界ですね。ただ、そのロボットのリーダー的な存在の男性(ロボットでも男性でした)と私は、どうやらいい仲なのです。で、私がそのロボットに利用されていたのかどうなのか、最後にロボットがもう少しで人間を支配できる状態になったときに、私だけがそのロボットの機能を停止させる方法を知っていて、すっごく彼と人間との間で悩んだ末に、周りの人達に向かってそのロボットを停止させる方法を叫んだのです。大きな声で。それを聞いたリーダー的なロボットは呆然と私を見ていた・・。みたいなラストでした。これはまるで映画ですね。でも自分では完全に感情移入してしまって、泣きながら起きたのです。変ですよね。

 あまりに夢を連続して覚えていると、何かを暗示しているような気もして、気になったりするのですが、夢って不思議としばらくすると忘れてしまうのですよね。だからあまり気にしないほうがいいのかもしれません。でもあまりにドラマチックならそれをメモしておいて、小説でも書いたらいいのかもしれませんが。

若さと体力

 毎週金曜日の午前中は、フラメンコのレッスンが約1時間あります。今日も行ってきました。

 まだフラメンコを始めて、2ヶ月ですので、夫や実家の家族にも「踊ってみろ」とか言われるのですが、踊れるわけありません!たくさんの基本のステップがあり、手の打ち方や回し方があり、回転したり、スカートをひらひらさせたり、小道具があったり、もうまったくまだまだ出来ません。どうやら2年に一回、発表会があるらしくて、それに向けて今、1曲振り付けをしていますが、発表会は来年の秋くらいのようです。だからまだ1曲も踊れないし、たとえフラメンコの曲が流れてきても、手も打てないし、掛け声も出来ません。週に1回の約1時間レッスンでは、そうそう上達しません。でも私としてはこれ以上は体力的にも、時間的にも無理なので、毎週楽しみにして通っています。

 今日のレッスンで、始めて自分の右足の甲を、自分の左足のかかとで踏んでしまいました。半分くらい踏んだ状態で何とかずらせたのでよかったのですが、明日にはきっと青あざでしょう。自分で情けなくなり、落ち込みました。自分の足をよける余裕もなかったなんて。レッスンも後半で、振り付けの曲に入っていたので、もう疲れも出ていたのでしょう。1時間のレッスンで疲れてしまうなんて、と哀しくなりながら帰宅しました。

 10代~20代の大学生までは演劇をしていました。夏休みなどは、6時間以上(途中で休憩はありますが)芝居の稽古をしていても、疲れても好きなことですから、なんとか続きますし、次の日になればまた出来ちゃうのです。一晩寝てしまえば、体力が戻りました。OLになってからも、エアロビなど習っていましたが、いわゆるランナーズハイじゃないですが、エアロビハイになるほど頑張って踊れたものです。それが、今はと言うと、病気のこともありますが、なんと体力の落ちたことか。フラメンコも決して楽ではなく、足だけ動かしていれば言いわけではないので、全身を緊張させて疲れるのですが、エアロビのように、たえず全身が動いているわけでもないので、本来ならもう少し自分的には頑張れると思うのです。ただこれ以上頑張ると、今度は家に帰っても家事も出来ないくらいに疲れてしまったら、主婦としての本業が出来なくなります。ああ、なんて体力の落ちたことか。

 若いときの体力の回復力と、体力と気力の持続は、すごいものですね。今考えると、信じられません。30代になって病気を発症したのも、何かのご縁(?)とは思いますが、今となっては「若さと体力」が懐かしく感じます。しかしあまり落ち込まず、自分で出来る範囲でいろいろと挑戦してみようと思ってます。

野菜のお土産

 今年の夏は、夫の仕事関係の方から、お野菜や果物をいろいろと頂きました。本当にうれしく、感謝です。

 長野に住んでいた頃は、中心市街地から離れた所のアパート住まいで、近所には自家栽培で野菜を作っているお宅がたくさんありました。夏の時期になると野菜がなりすぎるのか、あるお宅の玄関前に台が出ていて、毎朝取れたてのお野菜が台の上に置いてあり、「どうぞお持ちください」と札が立っていました。私は時々お野菜を頂き、いつも黙って持っていくのも申し訳なく思い、ある時はちょっとしたメモでしたが、お礼のメッセージを台の上に置いてきたこともありました。また、アパートの大家さんの畑で取れた野菜を分けていただいたこともありました。夏ですから、なす・トマト・きゅうりが多かったです。さらに、長野にいた頃は当時の嫁ぎ先からも、大量のトマトやきゅうりの他に、とうもろこし・いんげん・長芋など。秋になれば親戚からなんと、松茸。松茸は多く頂いたので、まるごと焼いて食べたりしました。それからジャガイモやら、たけのこ(春)、野沢菜(これは嫁ぎ先で漬けた物ですね)、白菜、もういろいろなお野菜を頂いたものです。

 若い頃は、たとえばトマトを大量に頂いても、どうしてよいか分からず、余らせてしまうこともありましたが、さすがに主婦業が長くなってきますと、いろいろと料理方法も知るようになります。熟しすぎてきたら、トマトソースにするとか。(でもその前に今では食べてしまいますけど)なすは、今年、たくさん頂きましたが、マーボナス・味噌と豚肉のナス炒め・天ぷら・ナスの味噌汁など、あっという間になくなってしまいました。ことしは「おくら」も頂きました。私はおくらが大好きで、とにかくそのままゆでて、マヨネーズで食べるのが一番好き!きゅうりも太くなった瓜のようなきゅうりを頂きましたが、これは薄く輪切りにして、軽く塩で揉んで食べるのが美味しい!いろいろなお野菜をいただけて、本当に嬉しく感謝です。地方に住んでいるとこんな嬉しいこともあります。なんといっても、そのお宅で作っている無農薬自家栽培野菜ですから、安心美味しいで、健康に良いと、最高の頂き物です。おかげ様で、今年の夏は、なすをたくさん食べました。

待ってる辛さ

 昨日のブログにも書きましたが、今日は実家の弟が大学病院で、午前中の8時過ぎから大腸の内視鏡検査でした。私は膠原病のベーチェット病ですが、症状的に内視鏡検査や手術が必要ではないので、その大変さなどは人から聞いたことはありますが、経験がありません。ですからどのくらいの時間がかかる検査なのかも、良く分かりませんでした。

 今日は午前中、あまり具合が良くなかったので、寝不足もあり、寝ていました。朝、夫を会社に送り出した後、弟にメールをして、そのままお昼の12時くらいまで寝たり起きたりしていたのですが、そういう時って、寝ていてもなんだか変な夢を見たりして、落ち着きませんね。さすがにお昼に起きたときに、11時半頃に弟からメールが来ていて、まだこれから検査だとのことだったので、これは時間がかかるのだなあ、と思いました。母親と電話で話しても、どうやら内視鏡検査は午後1時くらいからになりそうだとのことだったので「じゃあ帰りは3時くらいかね」と言っていたのです。ところが、3時過ぎても、3時半過ぎても、4時過ぎても、帰ってくるどころか、電話もメールもありません。これはいよいよ心配になってきました。母親とも「どうしたのか」と電話で連絡しあい、待っていました。さて、5時過ぎになってやっと母親から電話がきて、「帰ってきてるよ」とのこと。検査結果は大丈夫、特に何もなかったとのこと。あー良かったと、一安心。しかし、初めての内視鏡検査で、痛くて痛くて仕方なく、麻酔をしてもらってそのまま寝ちゃって、麻酔が覚めてからもふらふらしちゃって、どうやら帰りが遅くなったようなのです。

 待っているほうは、本当に心配ですね。私は自分が病気になって、入退院したりしているので、家族に心配をかける当人の経験は豊富(?)ですが、その家族が検査だ、入院だ、のときの、連絡を待っている辛さといったら、辛いですねえ。検査や手術をする本人のほうが辛いのは良く分かるのですが、何も出来ずにただ連絡を待っているほうも、本当に心配。連絡が遅ければ遅いほど、辛い。本人は事情があって、電話が出来ないのでしょうが。実際、自分もそうですから。でもやっぱり家族の健康に関しては、ちょっとのことでも本当に心配ですね。だから自分も気をつけなければいけないなあ、と改めて思います。しかし、弟の検査は何もなくて良かったです。(ということは、痔か)

弟・内視鏡検査!

 東京の実家にいる4つ年下の弟が、明日、大学病院で大腸の内視鏡検査をすることになりました。もともと腸が弱かったのですが、どうやらここ最近、自分でも「変だな」と思うことがあり、思い切って実家近くのまず肛門科に行ったらしいのですが、どうやら内視鏡で腸を検査したほうがいい、ということになり、慌てていつも通っている内科の主治医の病院へ行き、相談して大学病院を紹介して頂いたようです。

 症状を聞いていると、どうもそれは肛門科ではないぞ、と言う感じだったのですが、本人が肛門科でもなんでも病院へ行く、と言う気持ちにならないとダメなので、とりあえず行ってよかったのですが、やはり内視鏡検査ということを言われて、家族(特に母親と私)は大慌てです。ここで本人が、仕事が忙しいからまた今度でいいや、なんて投げやりな気持ちになってしまうと、大変です。腸のどこかが炎症しているか、ポリープが出来ているか、潰瘍が出来ているか、いずれかのようなので、ほっておくと「ガン」になってしまう可能性もあります。とにかく本人が行く気になっているうちに、手を打とうと言うことで、母親と一緒にいつもの内科の先生のところへ今日行って、その場で大学病院へ連絡してくださって、びっくりですが明日の午前中に検査の予約が出来ました。正直、母親とホッとしています。

 女性もそういう方もいらっしゃいますが、割と男性は、仕事が忙しいとか、面倒くさい、なんかあったら嫌だ、そのほかいろいろな理由から、病院へ行くのを嫌がる方が多いですよね。本来はどこかに異常が出たら、それこそ即、病院へ行ってほしいのですが、皆さん仕事や用事がありますから、どうしても緊急事態の状態でない限り後回しの傾向になりがちです。しかし、それで「遅かった」なんて、結果になったら家族は本当に悲しいです。今回の弟の件は、本人の「病院へ行く」熱が冷めないうちに、母親が奔走して検査にこぎつけて良かったと本当に思いました。(明日の検査が無事に終わって、何でもないことが一番の安心なのですが。)30代にもなって、母親だの姉だのが口を出して・・・・と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなこと気にしていられません。病気は命にかかわりますから。自分が病気になって初めてそう思いました。病気に関しては、家族の協力が必要です。

ネイルカラー

 今日は午前中、住んでいるマンションの給水ポンプ修理のため断水になっていましたので、その間に駅前にあるショッピングビルの中で、久しぶりにネイルカラーをしてきました。

 東京にいるときと、金沢にいるときにネイルカラーは経験がありました。いろいろなお店がありますが、今、東京では、割と安めにネイルカラーが出来ると思います。たとえば、簡単なハンドマッサージ・甘皮の処理とネイルカラー10本で2,100円とか。よほど金銭的・気持ち的な余裕がないと出来ないものだと思っていまして、東京で一度だけチェーン店のネイルサロンに行きましたが、本当にマッサージも気持ちよく、眠くなってしまうくらい良かったです。さらに、きちんと甘皮の処理もしてくれて、カラーも綺麗にしっかりと塗ってくれて、1週間以上はもちましたし、なんといっても気分的にプチセレブな自己満足。嬉しかったのを良く覚えていました。金沢では、ネイルサロンやエステや耳つぼダイエットのお店など、結構若い人向きのサロンが多くて、競合している感じでした。そんな中で、やはり一度だけネイルカラーをしたのですが、これは破格のお安さで、なんと温泉施設の中で、土日だけネイルカラーのサービスがあり、ここは本当にカラーリングだけで、手の指10本確か1000円だった気がします。ほんとにリーズナブルでした。

 さて、今日、富山に来て初めてネイルカラーに挑戦しました。富山にもいろいろなお店があるのですが、なぜかみんなお値段がお高い気がします。もちろん、ハンドマッサージや甘皮処理他ネイルカラーで3150円とか。そここまではちょっと私には贅沢なのです。出来れば2000円くらいでなんとか・・・と思ってましたら、今日行った駅前のショッピングビルは先日の土曜にリニューアルオープンしたばかりで、そこのネイルサロンでなんと、カラーリング10本で1575円。嬉しくなって入ってしまいました。色は、探していた綺麗なパープル系のローズピンク。やっぱりプロは違うなあ、と感心しながらネイルをして頂いて約30分。綺麗に仕上がって、両手をぶらぶらさせながら歩いていると、肩に鈍い痛みが・・・。久しぶりにネイルカラーをしてもらって、どうやら緊張して肩に力が入っていたようです。慣れないことをするからでしょうね。でもとっても嬉しい時間でした。

久しぶりの焼肉! 

 昨日の夕食は、久しぶりに焼肉を食べに行きました。富山に引っ越してきて、初めての焼肉。約半年以上ぶりでした。

 東京では、いつも行く焼肉店が決まっていました。上野に何店舗かある焼肉屋さんで、とても美味しかった。友人とは昔、よく浅草にも食べに行きました。あとは「牛角」。お安くて、結構おいしく食べられますよね。金沢にいるときは、一度食べに連れて行ってもらった所が、確か香林坊か片町にあった焼肉店で、非常に美味しく、またお手ごろなお値段だった記憶があります。いつかまた行こうといっているうちに、引っ越してしまいました。

 新しい土地に引っ越した時、何を食べに行くときも、どこへ行ってよいのか分からなくて困るのですが、焼肉店は本当に困るジャンルの一つ。だから「牛角」などのチェーン店は、味もほとんどどこでも変わりませんし、値段の変わりませんから安心して行ってしまうのですが、昨日は思い切って、歩いていける場所の繁華街の中にある焼肉屋さんに行ってみました。ホームページで調べたりして、お値段もものすごく高いわけではなかったので、ためしに行ってみたのです。

 私達夫婦は土日の夕飯の時間が早い。昨日は5時半には焼肉店に入店。ついでに食べるのも早く、約1時間で食べ終わりました。中々おいしく、満足満足な気分でした。なぜか夫は昨日に限って、カルビもロースも上を頼んで、こりゃどうしたことかと思っていたら、上カルビもロースも、和牛なのに一人前1000円と安かったから、と後で言ってました。私は焼肉の値段が良く分かりません。しかし昨日は上のおかげか美味しく頂きましたが、なんせ脂身と言うのでしょうか、やわらかすぎて何となく肉としての物足りなさと言うのか、もっともっと食べられそうな錯覚のような・・・。もしかして普段、もう少し固めの肉を食べているせいか、肉としての実感が食べていてわかなかったような、そんな気がしてしまいました。外国の方が、和牛はやわらかくて肉のような気がしない、歯ごたえがないと、言うようですが、そんな気持ちが分かってしまいました。普通のカルビやロースでも良かった気がする。美味しい思いをして、そんなことを言うのはいけないかもしれませんが、今度行ったら、普通のを食べてみます。

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