免許更新。

 はい、ペーパードライバーです。11年間、東京で自動車を運転していません。免許の更新もゴールド免許で、30分くらいの講習で終了です。無事に更新できました。

 でも12年前くらいまでは、運転していたんですよ、東京以外で。免許を取ったのも、最初の結婚で長野県に住んだので、近くの講習場まで自転車で通って取りました。軽自動車を父親と旦那に買ってもらって、旦那名義でしたが、ブイブイ(?)乗っていましたよ。車がないと移動するのに大変だったので仕方なく免許をとりました。AT車限定です。MT車は途中であきらめました。

 2度目の結婚生活中には、旦那の車を乗っていました。普通の自家用車でした。金沢・富山・名古屋・広島で乗っていました。あれ?名古屋は乗らなったかな・・・・。記憶があいまいですが、広島では乗りました。原爆ドームを見ながら運転しました。しかし離婚後、東京に戻ってからは乗れませんでした。だって、怖いんです。

 むか~し、数度、結婚していたころの帰省中に実家の周辺でも弟の車を運転しましたが、駐車場から出せても、帰ってきて入れることが出来ず、父親に変わってもらって駐車場に入れてもらいました。それくらいの実力です。なので、人と自転車の多い東京ではとても運転できません。

 マイナンバーカードも持っているので、もう身分証明書の替わりでもないのですが、万が一、東京以外で車に乗ることがあった場合は乗れるかもしれないので、とりあえず免許の更新だけは行っています。更新のたびに講習会で短いDVDを見て、交通事故の恐ろしさを感じて、「ああ、やっぱり東京ではもう運転できない」と実感するのでした。

野球はあまり見ないけれど気にしている。

 数日前に西武の松坂大輔投手が引退すると、ニュース等で放送されていました。その前には日ハムの斎藤佑樹投手が引退。私は野球の試合をテレビで見ることはほんどありませんが、野球中継があると安心します。

 新型コロナが広がり始めたころ、野球の試合もなくなりました。野球の中継がないテレビ放送が、日常的でなく異常事態なのだと、とても感じたのです。去年、少しずつ野球の試合が始まり、お客さんも入り始めて、テレビ中継が開始されてほっとしたのを覚えています。

 若いころは会社の研修で訪れた千葉で、千葉ロッテマリーンズの球場に試合を見に行ったことがありました。アメリカに旅行で行ったときには、エンジェルスの球場に大リーグの試合を見に行きました。また、元旦那が高校野球をしていたので、彼の出身校の試合を夏によく見に行ったものです。お気に入りの選手は特にいませんでしたが、イチローは好きでした。

 今はあまり野球を見る機会はないのですが、中継が放送されていれば安心しますし、活躍してた選手の引退の話を聞けば、テレビのニュースでチェックはしています。松坂選手の引退は残念でしたが、野球が大好きでがんばったんだなあと思いました。試合はあまり見ないけれど、中継があれば安心する、私にとって野球はそういう存在だと今は感じています。この先、大好きな選手が現れて、めっちゃ見るようになるかもしれませんけどね。

007の新作映画を見た。

 今回は映画館で見られないかもしれないと思っていました。疲れてしまっていて、映画館へ足を運ぶことが出来ないかもしれないと考えていましたが、新聞で007の新作映画の紹介を読んで、やっぱりどうしても行きたくて、行ってきました~!

「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」。ジェームズ・ボンド役がこの作品で最後になるダニエル・クレイグが主演です。その前のピアース・ブロスナンのころから映画館で見るようになり(仕事の関係で見ていました)、離婚して東京の実家に戻り、再婚しても、また離婚しても、そのときどきで1人で見に行ったり、前夫と見に行ったり、そのころお付き合いしていた彼と行ったり、そして前回と今回は1人で見に行きました。基本、映画は1人でも全然OKです(飲んだり食べたりも1人でOKです)。

 どうして見に行きたくなったのか、それはどうぞ映画館で見てください。あ、っと驚きました。今までの007では考えらえれない結末。そして、これからの新しい007はどうなるのか、だれかボンドを演じるのか、とても楽しみです。

 仕事の後に見に行ったので、夜の6時過ぎから見ました。帰りは9時半くらい。なんか、夜遊びしちゃった、みたいに感じたから不思議です。コロナ禍で外出しない、遊ばない1年半を過ごしていたので、仕事以外の帰宅で夜の9時半がとても遅く感じました。映画を映画館で見たのは約1年9月ぶりくらいでした。映画館で映画を見るって、やっぱりいいですね。

まだまだ新人です。

 新しい仕事を始めて、先週大失敗をして、次の出勤日にお休みしたら2度とその仕事ができなそうなくらい落ち込んだけど、何とか復活できた気がしていました。昨日も仕事で、先輩方に手伝っていただいて何とか終了しました。ああ、これで続けていけるかもしれない、なんて思っていました。ところが・・・。

 今週の末くらいのシフトの際に、使ったことのないパソコンを使う予定になりました。新しい仕事を始めて、まだ9回くらいの経験ですが、その間は同じパソコンを使用していたのです。ところが今週は、違う部屋の違うパソコンを使う予定が組まれていました。さあ大変。触ったことはあるけれど、電源を入れて、1回だけ印刷をしたこともあるけれど、画面のどこに使う資料が入っているのか、分かりません。自宅で想像してみましたが、全く分かりません。不安だけが心に広がります。

 ああ、まだまだ新人だ、まだまだ復活したとは言えない状況だと、感じています。覚えなければいけないことが、まだまだたくさんあります。怖くて立ち止まって、辞めてしまったらそれで終わりです。1ヵ月で出勤できる日数は多くありません。少ないくらいです。だいたい予想で4・5回です。他のアルバイトもありますから、そのくらいになってしまいます。少なくてもいいと会社が言ってくださるので甘えてしまいますが、出勤が少なければ経験も少なくなり、覚えるのも遅くなります。だから毎回怖くなります。

 細くても長く続けていけるようにしていきたいです。毎回新しいことに挑戦の仕事になっていますが、それでも挑戦しなければ続けられません。まずは今週、なんとかがんばってみます。ああ、昨日で大きな山を1つ超えた、なんて思っていた私が愚かでした。今週も大きな山が何度かありそうです。

「東勝吉」さんと言う画家の絵を見た。

 美術館に行く機会がありました。そこで出会ったのが、「東勝吉」さんと言う画家のかたの絵です。まずプロフィールを見て、驚きました。

 東さんは大分で生まれ木こりをされていて、78歳で老人ホームに入り、83歳から水彩画を描き始めたそうです。それから99歳まで描き続け、約100点の作品を残されたそうです。お体も要介護2の状態で、それまでの人生で見てきた風景などを想像しながら描いていたようなのです。83歳からの画家人生ですよ。本当に驚きました。

 もしこのブログを読んでくださって興味を持っていただけたら、ちょっと「東勝吉」さんを調べてみてください。すごい絵ですよ、本当に。10/9までですが、上野の東京都美術館で見られます。もうすぐ終わっちゃうけれど、でも私、東さんのプロフィールと絵を見て、人生観が少し変わりました。

 高齢になってもいろいろ興味を持って学んでいけるさ、なんて思っていました、漠然と。漠然と想像していました。年をとってもいろいろ挑戦できるさ、と理想を持っていました。いえいえいえ、生きていたら何が起きるか、何ができるかなんて、本当に分からないですよ。びっくりですよ。できるんですよ、やれば。やってみれば、やれることはできるんですね。

 本当は、実は、「ゴッホ」の展覧会を見に行ったのですが、東さんの絵と人生に感銘を受けてしまって、熱いブログを書いてしまいました。ああ、諦めずに生きていこう。何かあるかもしれない。

なるようになると思いたい。

 今、私としてはちょっと大変です。今月は仕事のシフトを多く入れてしまって、すでに疲れてきました。まだ10/6なのに・・・。経済的なことを考えて、これくらい入れないと無理だよな~、と言う思いと、希望のシフトが全て入るかどうか分からないので、多めに会社に申請していました。そうしたら全て入ってしまって、驚きと不安でいっぱいになりましたが、スタートしてしまいました。

 なるようになるさ、と思いたいです。もし体力的に無理なら、お休みをもらうしかないし、できそうなら仕事をしてしまうしかない、なるようになるさ、と思いたいです。

 ただ、来月以降は今月のような仕事の数を入れないように注意しようと思います。体調を崩したら、仕事先にも迷惑が掛かり、家族にも負担がかかり、何といっても自分が辛い。体の不調による痛みとか症状も辛いのですが、体力を戻すのが大変なのです。もとに戻すまで、仕事もできませんし、寝ているしかありません。だからそうなる前に、自分でコントロールできる範囲でする必要があります。

 いろいろな家族や家庭の問題も「なるようになる」と思いたいです。あまり考えずに、自分が体調を維持しながらできる範囲で仕事をしていきたいです。

秀樹の熱唱で心が救われた。

 昨日仕事でした。失敗しました。始めたばかりの仕事なので、失敗はつきものかもしれませんし、失敗して初めて分かることもあるので仕方がないと分かっていても、落ち込みました。仕事の緊張もあり、前日の夜は寝つきが悪く、しかも朝の4時半に目が覚めて3時間半しか眠れませんでした。体調が万全でないうえに、緊張とわからないことで頭が真っ白、という感じが仕事先の相手にも伝わったらしく、「不安だ」みたいなことを言われて、ショックと疲れでぐったりしながら帰宅しました。

 昨日の夜はそんな感じで、ひどく落ち込んでいました。ふと新聞のテレビ番組欄を見ると、夜の7時半からBSNHKで西城秀樹さんの特集がありました。「見てみよう」と直感的に感じて見てみたのです。そしたら、すごかったです。

 西城秀樹さんが歌が上手いのは知っていました。私の10代のころはすでに西城さんは大人の歌手であり、私たちの世代のアイドルは、マッチやとしちゃん、聖子ちゃん、明菜ちゃんでした。そんな中でも秀樹さんの歌は知っていて、テレビの歌番組でもよく見ていました。ただ特にファンではありませんでした。大人になって何かの特集などで秀樹さんの1970年代の歌を聞いて、ものすごい熱唱だと思いました。

 昨夜の放送ではデビューしたころからの映像も流れて、熱唱・絶唱というのでしょうか、本当に歌のうまさに改めて感動しました。仕事の疲れと落ち込みを忘れて見ていました。そのうちに、「ああ、この西城秀樹の歌に心が救われた」と感じました。真剣に全力で歌う秀樹さんの映像に感動して、歌を聞いているうちに落ち込みを忘れていたのです。こんなことがあるのですね。

 途中から録画をしました。主に後半のコンサートの様子を録画したのですが、1985年のコンサートだったと思います。これもすごかったです。ファンのかたはきっと、日頃の何もかもを忘れられるくらいの熱量を、秀樹さんの歌からもらっていたのでしょう。昨夜は私もその力をもらって心が救われたと感じました。亡くなってしまったのはとても悲しく残念ですが、こうして昔の映像で救われる人もいるのですよね。西城秀樹さんは本当にスターだったと感じました。

 

「鬼滅の刃 無限列車編」で泣きすぎて喉が痛くなった。

 先日、資格試験がありました。惨敗というか、もう全然できませんでした。結果を待つまでもなく、不合格は自分でよく分かっています。試験が近かったので、テレビで放送された劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」をリアルタイムでなく、録画しておいて、試験が終わってから見ました。

 試験の疲れとがっくり感と、「鬼滅の刃 無限列車編」が私としてはよかったので、泣きました。かなり泣きました。そうしたら翌日から喉が痛くなりました。

 私はベーチェット病を発症してからしばらくは、なぜか泣くと喉が腫れたのです。今は飲んでいる薬の効果もあり、そういうことはめったになかったのですが、今回は喉が痛くなりました。赤くはなくて扁桃腺もその周辺も腫れてなくて、何かできていたのです。たぶん口内炎です。体調も疲れがでて、寝不足でよくなかったのに、たくさん泣いてしまったので、そういうことになったのでしょう。

 回復するのに数日かかりました。この時期、というか新型コロナが始まってから、喉が痛いとか咳が出るとか、そういう風邪の症状があると病院に行けません。今回くらいの症状なら行きませんし、持病の関係だと分かっているので行きませんが、本当に風邪の症状が出たら、どうするのかなとこの1年半くらいずーっと思っています。

 それにしても大泣きするくらい「鬼滅の刃 無限列車編」は私の心にはまりました。家族のこととか、人を思う気持ちとか、使命感とか、セリフが心に刺さったという感じです。試験はボロボロの結果ですが、この映画の放送を見て、なんだか吹っ切れたのです。来年またがんばろう、家族とも何とか生活していこう、仕事を適度にがんばろう、とあらためて思うことができました。

自信は持たない。

 母親が退院して約1ヵ月。洗濯をしたり、少し料理をしたりしています。ここまで良くなるとは思いませんでした。

 でも「無理はしないで」と繰り返し言っています。私がフォローできることはしますが、私も体調が悪くなるので無理できません。母の病名はクローン病か潰瘍性大腸炎。難病です。高齢ですが、またいつ悪化するか分かりません。私もベーチェット病を発症してから、悪くなったり良くなったりを繰り返し、薬も工夫してもらって、やっと今日まで生活しています。

 先ほども母に、「自分の体調に自信は持たないで」とも言いました。自信を持つと無理をします。すると体調は悪くなります。何度も自分が経験したので分かります。自信を持たずに、休養を取ること、睡眠をしっかりととること、これは絶対に必要です。病気でなくても必要です。

 私は何に関しても自信はありませんが、体調に関してはとにかく自信は持っていません。何度自分を裏切ったかわかりません。これくらいならできると思って取り組んだことが出来ずに、途中であきらめて他の人にお願いしたことも数え切れません。迷惑をたくさんかけています。今もです。特に体調・体力に関しては自信を持たずに、いつも自分で気を付けていこうと思っています。母にも同じように思ってもらいたいです。

 まだまだ母は自分の病気を受け入れていません。そんなに大きな病気だと思っていないのです。今は薬で落ち着いているから余計にそう思うのでしょう。でもね、油断はだめです~。自信もだめです~。考えすぎもいけませんが、無理をしないように家族で注意しながら生活していきます。

主治医から「お腹は?」と聞かれた。

 今週は自分の通院がありました。母親が入院した同じ大学病院で、母親の入院中に私の主治医も母親を診察してくれました。それは、膠原病の数値が高かったからでしたが、結果的には別の病気(クローン病または潰瘍性大腸炎)となったみたいです。

 約1ヵ月半ぶりの診察で、まずは母を診察してくれたことにお礼を言って、自分の診察になりました。この1ヵ月半、私の体調はだいぶ波があり、紅斑みたいな毛嚢炎のようなものができたときには写メも撮っていたので、その写真も見せました。アキレス腱が痛かったとか手の指の関節が痛かったとか、いろいろと話して、咳の喘息のような状態にもなったので、聴診器でも診察してくれました。喘息の心配はないようでした。

 様々な症状の話の最後に主治医がこう聞きました「お腹は?」。「え?お腹の調子ですか?」「そう、お腹」なるほど、そうかあ、母親がクローン病もしくは潰瘍性大腸炎のような症状だったので、私も腸管ベーチェットの可能性があるかもしれない、ということなのか?と解釈しました。体質的に似ているのは親子ですから当たりまえですものね。

 薬については、今の生活がストレスがかかっている状態だと医師が分かっているので、このままの薬でいきましょうということになりました。私もそうしたいと思っていたので、よかったです。この時期に薬を何か減らすとなると、体調がさらに悪化する可能性があります。このままで何とか生活をしていきたいと思っています。

 次回の診察は11月中旬。仕事の関係で少し先になりました。そのころには私の生活も(仕事が)、軌道に乗っているといいな、なんて思いながら、診察室を出たのでした~。

«息抜き。

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